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第2回「石橋貴明のたいむとんねる」ゲスト:DJ KOO 出張ディスコ状態でダンスミュージックがかかりまくり?全曲リストも


フジテレビ系で4月17日から放送が始まった新番組「石橋貴明のたいむとんねる」。長らく続いた「みなさんのおかげでしたが」が最終回を迎えて、間もなく始まったタカさんのレギュラー番組。23:00から23:40までの放送の冠番組となっていますね。

MC役の石橋貴明さん、ミッツ・マングローブさんが第2回放送でゲストに迎えるのはDJ KOOさん。

ディスコ通いで連日遊んでいたタカさんと同い年というDJ KOOさんが語り合う今回のトークテーマは「新宿ディスコ・フィーバー伝説」。

テーマがテーマだけにDJ KOOさんがDJ役となって数々のディスコミュージックがかかるという展開。

というわけで4月23日放送の第2回の様子をご紹介します。

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オープニング

セットはレトロな雰囲気の純喫茶の佇まいでカウンター内にミッツ・マングローブさん、席にタカさんが座った状態でスタートなのは変わらず。

久保田早紀 – 異邦人がかかってちょっとしたトークですね。

1979年の曲ですがタカさんは当時高校3年生。

久保田早紀さんのプロフィール、「趣味:パッチワーク、ガラクタ集め」に食いつくタカさん。

とんねるずが歌った「ピョン吉・ロックンロール」は1981年発売。※番組中は「ピョン吉のテーマ」と呼んでいましたね。

バップレコードから発売された、とんねるずにとっては1枚目のシングル。

「バップレコード!」のタカさんの一言で番組スタート。

新宿ディスコ・フィーバー伝説

1970年代後半、東京の繁華街には若者が集まる踊り場、ディスコが多数存在し、新宿・歌舞伎町には

20を超えるディスコがひしめき合っていました。

週末には3万人が踊り明かしたそう。

そんなディスコに18歳でドップリハマったタカさん。

BGM「Vernon Buroh – GET UP」

1978年、高校2年生でジョン・トラボルタ主演の映画「サタデー・ナイト・フィーバー」が流行ったのがきっかけでディスコにハマったというタカさん。当時の若者はみんな同じでしょうね。

当時仲が良かった修徳高校のスズキさんという人から「石橋、今日ヒマかよ?サタデー・ナイト・フィーバーのチケット2枚あるから行かね?」と何だか怪しいブツを取引するように誘われたそう。

今日も女性アシスタントが2名。ウェイトレスという名目で松井りなさん、松井まりさんの2人。

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ここでサタデー・ナイト・フィーバーの映像。

石橋「かっこいいんすよ。トラボルタが。」

当然かかっている曲は、

「Bee Gees – Stayin Alive」(ビー・ジーズ – ステイン・アライブ)

「Bee Gees – You Should Be Dancing」(ビー・ジーズ – ユー・シュッド・ビー・ダンシング)

「Bee Gees – Night Fever」(ビー・ジーズ – 恋のナイトフィーバー)

映画に登場するファッションやサブカルチャーも大流行しましたが、映画タイトルやこの曲から「フィーバー」という言葉が流行語に。

石橋「今使うと何だそりゃって言う。」

劇中のトラボルタにとにかく憧れたというタカさんは、ヘアセットのシーンのセリフ付きものまねやディスコステップを披露。

BGMは「Shalamar – The second Time Around」

歌舞伎町に向かうために靖国通りを渡った瞬間から胸が張り裂けそうだったというタカさん。

石橋「今からディスコに行けるっていう。」「うわぁ!コマ(新宿コマ劇場)が見えてきた!北島三郎特別公演とか!」

2008年に惜しまれつつ閉館した「演歌の殿堂」新宿コマ劇場は新宿のシンボルでしたね。

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連日オールナイトで若者が踊り明かした当時の新宿ディスコマップはこんな感じ。第2回「石橋貴明のたいむとんねる」ゲスト:DJ KOO 出張ディスコ状態でダンスミュージックがかかりまくり。全曲リストも

BGM「Arabesque – Friday Night」

タカさんが当時通ったのはカンタベリーハウス ビバ館とギリシャ館(共に東亜会館というビル内)やニューヨークニューヨーク

ビバ、ギリシャは初心者向けのディスコでニューヨークニューヨークは踊りに自信のある上級者向けだそうで、徐々にステップアップしていったそうです。

BGM「Ray Parker.Jr& RAYDIO – IT’S TIME TO PARTY NOW」

タカさん曰く、ニューヨークニューヨークにはキーホルダーあって、メンバーズカード代わりに使われており、夕方6時か7時かまでであれば1000円位で入場出来たそう。

当時のキーホルダーの現物がスタジオに。懐かしがるタカさん。赤と青があり、タカさんは青を持っていたとのこと。それを腰にぶら下げて、キーホルダーを見せながら「今日コレ行かねぇよな?」と会話していたそう。

TRFのSAMさんとタカさんは同い年ですが、当時からSAMさんはディスコでスゴかったという話を語るタカさん。ロボットダンスでライフルを撃つような振りのダンスをSAMさんは披露していたようですね。

BGM「B.B. & Q. Band – On The Beat」

「夕方6時から」という点にひっかかるミッツさん。タカさんは当時ディスコでマジメに踊っちゃうタイプであまり女の子に声をかけていなかったそう。

朝5時まで首にタオルを巻いてひたすら踊っていたんですね。

新宿駅のすぐ近くにあったカンタベリーハウス ペルシャ館の隣に百姓亭というショーパブがあって、そこでコントを披露していたとんねるず。

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DJ KOO登場

ここでDJ KOOさんがノリノリで登場。

BGM「George Benson – Never Give Up On A Good Thing」

当時19歳、20歳ぐらいの時に百姓亭に出演していたとんねるずの2人。

自分たちの出番が無いときは隣のペルシャ館を覗いては、人が少ないタイミングでDJブースにちょっとお邪魔して勝手に曲をかけていたタカさん。そこには若き日のDJ KOOさんの姿が。

タカさんの認識ではまだDJになる前の「お弟子さん」と思っていたそうですが、DJ KOOさん曰く、既にDJとして活動していたものの遅番だったため、出番前にお店にいただけとのこと。

当時22歳のDJ KOOさんは髪型がサーファーズカットにシャツは開襟シャツとトラボルタの影響をかなり受けている様子。

当時のタカさんの印象について「今と変わんないですよね。ハッチャケた感じで。」

石橋「ハタチぐらいの時はもう形出来てましたね。ほぼほぼ。」

ペルシャ館のあった辺り(新宿東口)はちょっと怪しげな危ない雰囲気が漂うエリアだったそうで、

石橋「ロータリーの周りでうろついているのはシンナーを買おうとしている奴。」

当時のシンナーの売買についてトークしようとするタカさんでしたがスタッフさんからNGが出たようで途中ストップ。

ミッツ「当時の話なんだから。大事な文化よ。それはそれで。」

石橋「シンナーは僕らの時代の暗語(隠語)で『アンパン』だったんですけど。若いころは何で?木村屋があそこにあるから?」と思っていたそう。

ディスコに行くにも当時は不良ばかりがいて、ヤンキーではなくツッパリと呼ばれていたそう。

ディスコ内は自由席なのでタバコやジッポライターをテーブルに置いて場所取りをしておかないと踊りに行っている間に取られてしまうそう。※タカさんは「ジポーのライター」と言っていますね。

そこでモメたりすると、すぐにディスコの従業員が駆けつけて来て、2人ともフルボッコ。

石橋「フルボッコで出てきた時はもうこんなですよ。この前の梅宮辰夫さんみたいな。」顔面を30針縫い包帯を巻いてサングラス姿の梅宮さんのことを指してますね。

BGM「The Doobie Brothers – Long Train Running」

当時の一番イケているファッションはサーファーカットの髪型にハイウェストのエンジェルフライト。

上着はムートンコート。

高校3年生で明治神宮に初詣に行った時に綺麗な女性がいたのを一緒に写真を撮ってもらったというエピソードをタカさんが回想しています。その時の女性がムートンコートを着ていたとのこと。

石橋「あの写真出したいけど、見てたら連絡くれるかな?」

男性はシーガル焼けが流行っていて、シーガルのウェットスーツは半袖タイプでその焼け跡を見せるためにTシャツを肩までめくって出しながら歩くのが流行だったそう。

対して、野球部だったタカさんはアンダーシャツ焼けだったようですね。

タカさん曰く、高2まではパンチパーマだったのが急に高3になったら、サーファーカットになって、後ろ巻だったのが一気に前巻に。パーマの巻き方が一気に逆になったとのこと。

モテたい一心で暴走族から急にサーファーになるのが当時の男の子。

BGM「Junior – Mama Used To Say」

ディスコに行く目的はやっぱりナンパ。

チークタイムが設けられており、暗い照明に落とされたダンスフロアでは男女が寄り添って踊り、そのタイミングで必死に女性を口説くのが定番。1日に3回程あったそう。

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アシスタントの松井りなさん、松井まりさんの2人はチークタイム自体が初耳だそう。

なぜかタカさんとDJ KOOさんがチークタイムを実演。

チークタイムの定番曲、つのだ☆ひろさんのメリー・ジェーンがかかります。

石橋「高校2年生、3年生でこんなことやってたら、チ○コびんびんですよ!」※当然、音は消されてます。

耳元で「どっから来たの?友達ときたの?今日泊まっていけんの?」と大音量のフロアに負けないような大声でアプローチするのがお決まり。

チークタイムが終わって照明が明るくなって離れると下半身を引いた格好で去っていくタカさん。

石橋「いやぁ。チークタイム踊りたかったなぁ。俺。」

当時はチークタイムでナンパに成功してという経験は全く無かったというタカさん。

BGM「Patrice Rushen – Forget Me Nots」

DJ KOOさんの説明ではチークタイムでナンパに成功すると、建物の後ろ側のロッカールーム近くには奥側にトイレがあり、そこの隙間を利用してイチャつくそう。「乳繰り合ってる奴が多かったですね。」とはDJ KOOさんの談。

さらに盛り上がればコマ劇場の後ろにあるラブホテル街になだれ込むわけですね。

石橋「最近、女優さんも行っちゃったっていう。」不倫現場を直撃された女優の高橋由美子さんのことですね。

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青春のディスコ・ミュージック

ここで当時使用していたというレコードコレクションを見せるDJ KOOさん。

ABBAのダンシング・クイーン(1文字目のBは反転文字)

Dr.ドラゴン&オリエンタル・エクスプレスのセクシー・バス・ストップ

ノリノリで歌いだすタカさん。

レコードが収められた箱から素早くレコードをサーチするDJ KOOさん。レコード屋さんでも定番の後継でしたね。古いコレクションなので、すごいホコリがたってます。

タカさんのお気に入りはリック・ジェームス

石橋「ブルーノ・マーズは絶対リック・ジェームスですよね。」

これにはDJ KOOさんも強く同意。

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1970年代後半 新宿ディスコを再現

ここでタカさんのリクエストで当時のディスコを再現。

1曲目はアラベスク – ハロー・ミスター・モンキー

DJ KOO「OK!今夜も新宿は歌舞伎町 B&B カンタベリーハウス ご来店ご利用くださいまして誠にありがとうございます。今夜もホットで最高なチューンをみなさんにご紹介しましょう!今日はお誕生日の方もたくさんいると思いますのでハッピーバースデーの想いも込めてお届けします。アラベスク ハロー・ミスター・モンキー!」

DJ KOO「さあ みんな手は頭の上だ!ハロー・ハロー・ミスター・モンキー イエイ!」

2曲目はリック・ジェームスのギヴ・イット・トゥ・ミー・ベイビー

DJ KOO「さあ今日も素敵なリクエストいただきました!帝京高校 石橋貴明さんのリクエストからご紹介したいと思います。さっきからおなじみブルーノ・マーズもカバーしております。リック・ジェームスからご紹介しましょう!1981年のスマッシュヒットナンバーです!」「OK!リック・ジェームス 2コール ギヴ・イット・トゥ・ミー イェイイェイイェイ! ギヴ・イット・トゥ・ミー・ベイビー!」

決めポーズもバッチリのタカさん。

3曲目はKC & ザ・サンシャイン・バンドのDo You Wanna Go Party

SAMさんが踊っていたのはこの曲だったんですね。タカさんのSAM風ロボットダンス。

DJ KOO「タカアキイシバシ ロボットダンスパーティー!」

DJ KOO「本日もたくさんのお客様 カンタベリーハウス ビバ館 ギリシャ館 B&B ご来店ご利用くださいましてありがとうございます。今日も最後までお忘れもの落としものないよう、そしてケンカなどないよう お過ごしくださいませー!」

石橋「ご機嫌な曲ばっかですね。」

当時の店内アナウンスなども再現したDJ KOOさんでした。

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そしてタカさん思い出の一枚はディスコ・ミュージックを象徴するアース・ウインド&ファイアーの名曲。「ブギー・ワンダーランド」

思い出の12インチシングルだそうで、帝京高校の近くに住んでいた野球部のオオタさんという友達がディスコ・ミュージックの大ファンで「石橋。今度のアースの新曲は12インチシングルなんだぜ!」と力説されたそう。

12インチシングルとはシングルレコードに収録できない長さの1曲だけを収録したレコードでブギー・ワンダーランドでは9分収録となっていますね。

石橋「多分、溝が深けぇんじゃねぇか?とか。」

ここで実際にブギー・ワンダーランドをかけてみますが、長すぎるので流石に途中でカット。

石橋「オオタん家で弁当食った日を思い出す。」「オオタ!曲かけたぞ!」

DJ KOO「イェイ!オオタくん、かけました。イェイ!」

さらにアース・ウインド&ファイアーのモーリス・ホワイトとロサンゼルスの和食屋で会ったことあるというエピソードを披露するタカさん。

石橋「居酒屋みたいな安い和食屋で、あれモーリス・ホワイトにそっくりな黒人の人っているんだなって思ったら、マスターにあれモーリス・ホワイトですか?って、あっモーリス・ホワイトですって。ええっ!こんな居酒屋にいるんだって言って。」

最後は2ショット写真を撮ったそう。第2回「石橋貴明のたいむとんねる」タカさんとモーリス・ホワイトの2ショット写真

アース・ウインド&ファイアーの創設者でヴォーカリスト兼ソングライター。6度のグラミー賞を誇るレジェンドですね。

このエピソードにはDJ KOOさんも驚愕。

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ファンキー・シングル・ダンサーズ登場

当時のディスコでは全員で同じステップを踊るのが流行。

ということで、今でも当時のスタイルで踊り続けているグループ、ファンキー・シングル・ダンサーズが登場。

石橋「もう。ウソみたいです。」

メンバーの方はBoatHouse(ボートハウス)のTシャツを着用。3000人が行列を作ったというほど流行したメーカー。画像は以下のような感じですね。

Google画像検索「ボートハウス Tシャツ」

タカさんにとっては見るのが40年ぶりという当時のディスコステップを披露するメンバー。

曲はKC & ザ・サンシャイン・バンドのセイム・オールド・ソング

タカさんも自然と体が動き、ついには同じ輪に入って踊ることに。促されるままにセンターに。

曲が終わると即座にチークタイムに突入。

こちらも定番曲のプロコル・ハラムの青い影。

Procol Harum – A Whiter Shade Of Pale

矢島美容室のようなアフロヘアーが特徴のメンバーの方に抱きつくタカさん。

曲が終わると腰を引いて退場するタカさん。

石橋「ちょっと良かったですよ。ちょっと踊っている時に少しタバコの臭いがして良かった。パーラメントかなみたいな。」

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嵐のマッチョマンの歌詞の謎

1987年発売のとんねるずの曲「嵐のマッチョマン」は新宿ディスコ時代を歌にした1曲。

現在のクラブのDJはあんまり喋らないスタイルが定番となっていますが、当時のDJはよく喋っていたそうですね。

DJ KOOさんが再現してくれたようにお客からのリクエストカードを読んでくれたりとか、ずっと喋っていることも少なくなかったんですよね。

そして、気になる歌詞の謎。「浦和までは帰れない高橋二郎」とは?

その前にミッツさんが長年の謎だと言うのは「鏡の前で目を閉じて (ステップを踏んで)」という歌詞。

タカさんの説明では当時のダンスフロアには鏡があって、自信がある人は鏡の前で手を回してずっと踊っていたそう。さらに目を閉じたりして自己陶酔の世界に浸りながら踊っていたとのこと。

鏡の前と言うのは上手い人の特等席のような雰囲気があったそう。

そして気になるのが「浦和までは帰れない(高橋二郎)」という歌詞。

高橋二郎と言う人物は相方の木梨憲武さんと同じ帝京高校のサッカー部に所属していた人で、

学校の帰り道に我慢できずに知らない人の家をノックして「すいません。うんこさせてください。」と頼んで、知らない家でうんこしてから、卒業するまで高橋二郎ではなくうんこ二郎と呼ばれ続けた人のことを指しているそうです。

石橋「また石橋言ってるよ~って。もう40年経ってるよ~って」

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ここで次回の予告。

次回のゲストは千原ジュニアさん。テーマは「あしたのジョー」のようですが、

ダウンタウンととんねるずの不仲説、いいとも最終回での共演について話は及んだようですが・・・。

さて次回は一体どんなトークが展開されるのでしょうか?

かなり長いCM後にちょっとだけ先ほどのトークの続き。

石橋「高橋二郎!まだ元気なら連絡ください!迷惑だったらもうウ○コ二郎の話はしないから!」

ちなみに二郎さんは結構腕を振るタイプで鏡の前予備軍だったようですね。

ということで今回はここまで。

次回はいいとも最終回の話も飛び出しそうですね。

【「石橋貴明のたいむとんねる」に関する全記事はこちらのリンクから】

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