日本女子団体パシュートの速さの秘密は?超高速先頭交代と隊列にあり。
スピードスケートの女子団体パシュートで現在の世界記録を保持しているのが日本女子チーム。それまで破られていなかった世界記録を3度に渡って更新、そんな日本女子チームの速さの秘密とは一体どこにあるのでしょうか?
NHKスペシャル「金メダルへの道“一糸乱れぬ”挑戦 女子団体パシュート」で放送された内容から超高速先頭交代、隊列、エース高木美帆などのキーワードを元にご紹介します。
スポンサーリンク2014年ソチオリンピックの雪辱
2014年ソチオリンピックでは大惨敗。絶対王者のオランダに対して日本は半周近く、12秒もの大差をつけられて大敗。
そこからは打倒オランダを掲げて年間300日以上にもわたるチーム練習。
そのために日本が磨き上げた技術は「一糸乱れぬ隊列」と他の国とは一線を画す「超高速先頭交代」でした。
空気抵抗
3人の選手で滑るパシュートはオリンピックのスピードスケート種目のなかで唯一のチーム戦。最高速度は時速50kmオーバー。
スポンサーリンク女子の場合は400mのリンクを6周、計2400m。3人目の選手がゴールした時点でのタイムで争われます。
隊列を組み、先頭を入れ替えながら滑るのが特徴です。これには空気抵抗が深く関係しています。先頭を走る選手に対しては強烈な風圧が襲い、隊列の後ろにつくと前の選手が壁となり風圧を抑えられるのです。その差は20%以上。つまり後ろで滑るタイミングで体力を温存でき、先頭に出たときに全力を出すことを可能にしているというわけですね。
その結果として個人種目とは比較にならないほどのスピードを可能にしています。
パシュートでエースとして活躍する高木美帆選手の1500mのベストタイムは1分51秒49で世界歴代3位の記録。
そして隊列を組む他の選手たちの記録は1分54秒を下回るタイム。
ではパシュートでどの位のタイムが出るかというと1500m時点の通過タイムは1分48秒1と高木選手個人の記録と比較すると3秒以上も速いタイム。
スポンサーリンク日本チームの改革
ソチでメダルなしに終わった日本チームは改革に乗り出す。
それまでは所属チームで別々に練習していたトップ選手を集めてナショナルチームを結成したのです。
チームを率いるのはオランダでも代表コーチを務めた経験のあるヨハン・デ・ヴィッド。
ヨハン・デ・ヴィッドコーチはハッキリと金メダル獲得宣言。
一糸乱れぬ隊列
パシュートのメンバーに選ばれたのは4人。
この中からレースごとに3人が出場します。エースはもちろん高木美帆選手。平昌オリンピック女子1500mの銀メダリスト。
美帆の姉、高木菜那選手。誰の後ろについてもピタリと動きを合わせるパシュートのスペシャリスト。前の選手にぶつかりそうになるぐらいの距離までピタリ。
最年長の菊池彩花。身長は170cm。先頭に立った時、大きな壁となり、後ろを滑る選手の空気抵抗は大幅に減ります。番組ではお母さん役と語っています。
スポンサーリンクそしてオリンピック初出場の最年少。佐藤綾乃。ジュニアの世界選手権優勝の経験もある若手のホープです。
この4人のベストタイムをオランダと比較すると大幅に下回っていることが分かります。
そこで日本が磨いたのが一糸乱れぬ隊列。足や手の動きまでもシンクロさせるように滑っていきます。前後の距離は足がぶつからないようにギリギリの近さをキープ。少しでも距離を見誤ればオランダといえども転倒のリスクが。
かといって選手間の距離が一定以上離れてしまうとあっという間にチームは分断されてしまいます。
日本チームでは年間300日以上のチーム練習で隊列を磨き上げることでこれらのリスクを克服。この画像では選手間の距離を50cmに設定して練習しているところです。もっと短い距離もトライしているはずですね。
自転車を使ったトレーニングでも常に隊列を意識しているようです。
コンピュータを使って日本チームの滑走中の空気の流れについて解析してみると、空気抵抗の少ないポジションをキープしつづけるために最適な隊列を組んでいることが分かります。
赤い部分が空気抵抗が大きな場所で青い部分が空気抵抗が少ない場所を表しています。直線では常に体を左右に振ってスケーティングを行いますが、その斜め後ろを追いかけるようにピッタリとついていますね。
スポンサーリンク2014年ソチオリンピックではバラバラと隊列が乱れているのが分かります。
分析結果では2014年のレースと比較して現在では15%も空気抵抗の削減に成功しているそうです。
高木菜那選手は上手く後ろにつく事が出来ると疲れを感じることがほとんど無いとまで語っています。
超高速先頭交代
それでは日本チームのもう一つの武器である先頭交代について見てみましょう。
例えばオランダチームの場合はコーナーの入り口で先頭の選手が隊列を離れてすぐ横を滑りながら後ろに下がっていきます。コーナーの出口で隊列の一番後ろに着きますがこの間7.7秒。
一方の日本チームはコーナー入口であえて外に大きく飛び出して、コーナーの中間地点では既に最後尾についている状態。時間はわずかに4.2秒となっています。空気抵抗を受ける時間を最小限にするというのが狙いです。
ポイントは走るコース。あえて長い距離を走ることでこの先頭交代を実現しているわけですね。以下は高木美帆選手が先頭交代をする瞬間の映像。
実はこの先頭交代には体力の消耗を押さえる秘密が。
オランダと同じように横を滑って先頭交代するポーランドチームを例に見てみると、先頭の選手は隊列の後ろにつくためにスピードを徐々に落として隊列の後ろに戻る時には急激に加速しているのが分かります。このスピードの上げ下げが体力の消耗につながってしまいます。
約12m/秒まで減速してから一気に約13.5m/秒まで加速しているのが分かりますね。
スポンサーリンクでは日本の場合は?スピードの上げ下げはほとんど無く、一定のペースを守って滑っているのが分かるでしょうか。これが体力温存の秘策。13m/秒辺りのスピードをキープ出来ていますね。
2017年2月の前哨戦
この二つの武器が試されたのが2017年2月に韓国でオリンピックのテスト大会として開催された世界距離別選手権。オリンピック本番と同じリンクで行われる前哨戦でオランダと対戦。
それでも勝ったのはオランダ。圧倒的な個の力を発揮して、追いすがる日本チームを振り切っての優勝でした。当時の世界記録まで0.06という好記録でした。
日本は破れはしたもののその差は僅か0.65。ソチでは12秒の差だったのがここまで肉薄してきたのです。当時の心境について高木美帆選手は「自信を持っていいレースが出来た」と語っています。
ヨハン・デ・ヴィッドコーチもこの結果には一定の評価を与えています。
トレーニングの様子
ウェイトトレーニングを積む選手達が使っていたのがジム用計測機器「GymAware」。
ウェイトを持ち上げた瞬間に地面にどれだけのパワーを伝えられたかを計測しています。スケートに欠かせない氷を押す力を鍛え上げる選手達。ウェイトの端に付けられたケーブルが引っ張られて計測される仕組みです。
さらにwattbike(ワットバイク)も使用して下半身のトレーニング。
スポンサーリンクこの結果、パシュートメンバーのパワーは平均で15%以上向上しているそうです。
ヨハン・デ・ヴィッドコーチは世界で一番厳しいトレーニングを選手達に課してきたと自負しています。何だかW杯で歴史的な勝利を飾ったラグビー日本代表の姿と被りますね。
エース高木美帆
2017年10月長野。選手やチームスタッフを集めたヨハン・デ・ヴィッドコーチは金メダル獲得の為の高い目標タイムを掲げます。
それは2分53秒台。その当時8年間破られていなかった世界記録が2分55秒79だったのに対して2秒も更新するという驚異的なものでした。
そこでヨハン・デ・ヴィッドコーチの決断はエース高木美帆にさらに負荷をかけるというものでした。
それまで4回行っていた先頭交代を3回に削減。この方法をとることで高木美帆はレースで重要なスタートとフィニッシュを担うことに。高木美帆で始まり高木美帆で締めるということですね。
周回数でいうと高木美帆のトータルで滑る周回を0.25周増やして6周のうち半分の3周を任せるというものでした。1500mの能力を磨いてきた高木美帆の分担を大きくするという戦略です。
エースとしての覚悟を持って臨む高木美帆に絶対の信頼を置くヨハン・デ・ヴィッドコーチ。
後半ではどのようなプロセスを辿って世界記録更新を狙うのか、さらに練り上げられていく戦略を中心にご紹介します。