第5回「石橋貴明のたいむとんねる」ゲスト:東国原英夫 タカさんはたけし軍団に入っていたかも?
5月14日に放送された第5回「石橋貴明のたいむとんねる」。MC役の石橋貴明さん、ミッツ・マングローブさんが今回ゲストに迎えるのは東国原英夫さん。そして今回のテーマは「貧乏でも楽しむ方法」。トーク内容としては下積み時代にしょっちゅう2人で遊んでいたというタカさんと東さんの思い出エピソードを語るというもの。
ひょっとするとタカさんはたけし軍団の一員になっていたかも?なんてエピソードまで披露されていましたね。
というわけで5月14日放送の第5回「石橋貴明のたいむとんねる」の様子をご紹介します。
スポンサーリンク目次
出演者
【MC】石橋貴明、ミッツ・マングローブ
【ゲスト】東国原英夫
【ウェイトレス】小室さやか、益田恵梨菜
【ナレーション】山中まどか
番組概要
フジテレビ系で4月17日から放送が始まったトーク番組。
長らく続いた「みなさんのおかげでしたが」が最終回を迎えて、間もなく始まったとんねるず石橋貴明さんのレギュラー番組。
放送時間は23:00から23:40までの冠番組となっていますね。
トークセットのコンセプトはレトロな喫茶店の雰囲気となっていてMC役の石橋貴明さんが向かって右側、ミッツ・マングローブさんが向かって左側に座って、真ん中にゲストを迎えるというポジショニング(放送初回だけはMC役の左右が逆)
トーク中にはBGMとして古めの曲を中心に洋楽がかかるのも特徴。
今の所、特に何もするわけでもないアシスタントのウェイトレス役の女性が2名。
店員さん風の衣装で常に後ろにスタンバイしていますが、初めにドリンクを持って来るだけで、あとは何かするということもなくただ後ろで笑っているだけ。謎の存在。
ウェイトレスの2名は途中からいつの間にかいなくなっていることもあるので余計によく分からない存在(第5回放送)。
第2回放送まではごく短いオープニングとしてカウンター越しにミッツ・マングローブさんとタカさんがトークをしてからスタートしていましたが第3回放送からは省略されています。
ちなみに番組後半はCMだらけになって40分番組にしている理由があるのかよく分からないことに。
第4回放送からは「こつぶとんねる」というミニコーナーがスタート。
「ちょっと気になる懐かしいアレコレ」について番組が実際に検証するという企画ですね。
フジテレビの番組公式HPの募集ページには視聴者からの投稿を受付中となっています。
ちょっとレトロなものであれば、アイテムや場所、生き物、人物、ブーム・現象でも何でもOKみたいですね。
こつぶとんねるのコーナー後には検証結果として結果表示がされるようになっています(第5回放送)。
スポンサーリンク東国原英夫登場というか既に?
今回のトークテーマは「貧乏でも楽しむ方法」
DEVO – [I Can’t Get No] Satisfaction
今日はタカさんの青春時代を共にしたお客様が登場、というか既にお店の中にスタンバイ済み。
提供バックでアシスタントのウェイトレス2名を多少イジる東さん。ゲストで絡んだシーンは初ですね。
タカさんと東さんは下積み時代から青春を共に過ごした仲。
Alfie Silas – Communicate
冒頭はオフィス北野の独立騒動からスタート。
宮城県知事選出馬のために退社済みの東さんなので、オフィス北野所属は2006年までだったんですよね。
森昌行代表取締役社長は元々はテレビのADさんで「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」の人気キャラクターで電線音頭で有名な「デンセンマン」の中に入っていたそう。
これはタカさんも初耳の情報のようです。
M – Pop Muzik
その頃から森さんとは付き合いがあり、信頼を寄せていたため社長になってもらったという経緯があったそうです。
オフィス北野の中で映画部門とお笑い部門に分けましょうと東さんがビートたけしさんに提案した所、ボコボコに殴られたとのこと。12発までは覚えていたそうですが、それ以降は記憶がないそう。
しかもそんな事があった翌日にはフマキラーの蚊取り線香のCM撮影が決まっていた東さん。1990年のかとうかず子さんと結婚後、初の単独CMオファーだったそう。
ボコボコに殴られて腫れた顔で撮影現場に向かうと、監督は「すごい。ノーメイク出来る。」とまさかの大絶賛。
蚊の役だったために監督が役作りだと勘違いしたみたいですね。
スポンサーリンク2人の出会い
タカさんと東さんの2人の関係性については、
東国原「もう竹馬、竹馬。乳首の友。」というぐらいの関係だそう。
The Romantics – Talking in Your Sleep
2人の出会いは 1980年代の「お笑いスター誕生!」の稽古場。毎週月曜日か火曜日にネタ見せが行われており、そこでの出会いが初。
ビートたけしさんがパーソナリティを務めていた伝説的なオールナイトニッポンの番組中にたけしさんが東さんの名前を何度も口にしていたため、名前だけはしっかり頭に入っていて有名だった。と当時を回想するタカさん。たけしさんの一番弟子ということで興味津々だったそうです。
1982年に1番弟子の東国原英夫さん、2番弟子の大森うたえもんさんの2人で結成された「ツーツーレロレロ」。コンビ名の「ツー」は「ツービート」の「ツー」を取ったそう。
ビートたけしのオールナイトニッポン内で展開されていた「弟子やめさせコーナー」ではキツイ労働を実際にさせて弟子を辞めさせるという主旨の企画だったそうで、全国各地に僅かな所持金を手に回るということを実際にやっていたそうです。
そして、ある日、石垣島のペンションを手伝って欲しいという依頼が。所持金1万円で現地の石垣島まで向かわないといけないルールだったため、用賀からヒッチハイクで石垣島へ。
いざ石垣島に着いてみると、ハガキにあった依頼元の住所が無い。
それをビートたけしさんに説明したところ、
たけしさんは「だろ?」と一言。
実際はニセのハガキで「根性を試す」という裏の目的があったとたけしさんから種明かし。
そこから1週間で東京まで戻らないといけない所、所持金はもう底をついていましたが、
「台湾島が見えるだろ?密入国するとタダで強制送還される。」というとんでもないアドバイスw
そこで東さんは本当に台湾に密入国し、強制送還されて東京に戻ってきたとのこと。
これにはタカさんもミッツさんも驚愕。
石橋「すごーいね!それ!」
当時の東さんは22、23歳だったそうです。
The Emotions – Turn It Out
2人が出会ったのがちょうどその頃でタカさんが19歳、東さんが23歳の頃だそう。
本来であれば先輩にあたるので「東さん」と呼ぶべき所をオールナイトニッポンのイメージから「東くん」と言ってしまったタカさん。
そしていつの間にやらその当時の関係性でずっと今まで続いているとのこと。お互いはタカちゃん。東くんと呼び合う仲だそうです。
初対面の時のタカさんの印象について東さんは、
「とんねるずは売れるオーラしか見えなかった。」とのこと。
ちなみに当時のお笑いスター誕生!!に挑戦していたでんでんさんについては絶対に売れないと思っていた東さん。それでも今は役者さんで存在感のある演技をしてらっしゃいますよね。
また、ミスター梅介さんについても「絶対にメジャーになれない」と思っていたそう。
スポンサーリンク貧乏時代
話題はやっと貧乏時代について。
いつの間にやら、後ろにいたアシスタントのウェイトレス2名の姿が消えていますね。
下積み時代は月に3万~5万で生活していたという東さん。
たけしさんの弟子時代はお小遣い制。
オールナイトニッポンに出演していた時は町屋の米屋の二階の和室をベニヤ板一枚で無理やり区切っただけの部屋に住んでいたという東さん。
ベニヤ板一枚を隔てた部屋には女性が住んでおり、引っ越した初日に隣からおならの音が聞こえるぐらいの距離だったそうで、さらに「すいません」と言ったのが聞こえるぐらいの部屋だったそう。
ちなみに、そのベニヤ板に画鋲を貼ると針の先が突き抜けて見えるほどの板の薄さだったとのこと。
銭湯に行ってもシャンプーを買うお金がないため、隣の人がシャンプーを泡立てているのを横から盗んで自分の泡にして洗うという生活をしていたそう。
その後、ツーツーレロレロを結成後に下北沢のアパートに引っ越した東さん。その家にはタカさんも訪問しているそう。
東さんの家をタカさんが訪ねると、東さんは女性と夜の営み中。※音は消されていますが口の動きは完全にS○Xと言っていましたね。
すりガラス越しに体の影が動いているのですぐに分かったというタカさん。
なかなか出てこない東さんに業を煮やしたタカさんは下から窓に向って石を投げ続け、ガラスを突き破るほどの勢いで投げていたそう。
ヒマされあれば二人で遊んでいたというタカさんと東さん。
大森うたえもんさんが当時お付き合いしていたという方(※音声も口の動きも隠されています)を突然暴露する東さん。ミッツさんが「売れっ子」と言っていますのでタレントさんでしょうか。
当時は東松原の駅近くで4畳半の部屋に住んでいたという大森うたえもんさん。
2人が部屋に行ったところ、居留守を使ってやり過ごそうとする大森うたえもんさんでしたが、タカさんが力ずくでドアを強制撤去。
するとそこには彼女が呆然とした表情で座っていたそう。
Ashford & Simpson – Street Corner
当時、下北沢にあったパブ「メリー・ポピンズ」で一芸を披露してはタダ飯をごちそうになっていたという東さん。
当時はものまねを披露したり、サランラップを使って「スペシウム光線」などの一発芸を披露していたそう。当時はその芸でバカ受けだったようですね。
東さんがお気に入りというタカさんの芸は新沼謙治さんの目のものまね。
片目だけ半目で「嫁に来ないか」を歌うタカさん。秀逸で今でも夢に出ると東さんが言うほどの大絶賛。まあ今見るとそんなに大した芸ではないですよねw
商店街に飾ってある薬局ののぼりを背中に差して「戦国武将!」と2人でやっていた所、交番のお巡りさんと遭遇し、東さんは慌ててのぼりを外してお巡りさんに釈明していた所、タカさんが東さんをかばうために後から登場。
代わりに弁明しようとしていたタカさんですが、背中にはしっかりとのぼりを差したままだったために結局、東さんではなくタカさんが交番に連れて行かれてしまったというヤンチャエピソードも。
スポンサーリンクタカさんはたけし軍団に入るはずだった?
Luther Vandross – Never Too Much
たけし軍団で野球チームが結成された際、タカさんがピッチャーとして参加するということがあったそうで、キャッチャーだった東さん曰く「130km/hから140km/hほど出ていた」と言うほどの速球を投げていたタカさん(タカさん本人は「そんなに出てない。130km/hぐらい出てた」と訂正)。
さらにフォークボールも投げていたというタカさん。そのボールがワンバウンドして東さんの股間を強襲。痛みからうめいていた所、ランナーがホームに生還して、結局その試合は負けてしまうことに。
しかし、ビートたけしさんはタカさんのプレー振りから野球チームへスカウトを考えていたようで、東さんに誘うよう指示。
当時のたけし軍団野球チームには野球経験者ばかりがメンバーとなっており、東さんがレギュラーでは唯一の未経験者だったとのこと。
もしここにタカさんがメンバー入りすると自分がレギュラーから外されてしまうと考えた東さんは、忙しくてチームに参加するのは難しいみたいとたけしさんに嘘をついたそう。
それでタカさんの代わりに呼ばれたのがガダルカナル・タカさんとつまみ枝豆さんのコンビ「カージナルス」。
もしあの時、タカさんが野球チームで継続してプレーすることになっていたら、たけし軍団入りしていた可能性も十分にあったと回想する2人。
テレビ番組「スーパージョッキー」の放送が始まってから「たけし軍団」という概念が定着したとのこと。
それと時を同じくして始まったのが深夜番組の「オールナイトフジ」。
ツーツーレロレロ、ちびっこギャング、とんねるずの3組がオーディションを勝ち抜いて番組に出演。メインはとんねるずだったものの、頑張ろうと思っていた東さん。
しかし、ビートたけしさんから「女子大生とチャラチャラ番組やってもしょうがないだろ」「スーパージョッキーの方で頑張れ」と言われたためオールナイトフジを断念したそう。
するとオールナイトフジが社会現象に。カメラを倒す伝説を作ったり、歌がヒットしたりと一気に名前を売って行ったとんねるずを憧れの目で見ていた東さん。
スポンサーリンク渋谷のディスコでナンパ
Johnnie Taylor – Disco Lady
渋谷のディスコ「candy candy」通称:キャンキャンでタダ飯を食っては、ナンパして、安いラブホテルに行くというのがお決まりのコース。
話しの続きは後ほど。
こつぶとんねる
フード自販機
今日の検証テーマは「昔あったフード自販機ってまだありますか?」
1970年代にオートレストラン、オートスナックの名称で国道沿いやサービスエリアに設置され、流行した24時間営業の店舗。
自販機が並び、そこで食事がとれるように椅子と机が用意されているという施設ですね。
カップ麺や冷凍食品ではなく、自動調理で提供されるフードメニューが特徴。
最盛期は全国に数千機あったと言われているそう。
しかし1990年代に深夜営業店舗が増えたためフード自販機は激減。
では、現在、フード自販機はどれほど存在しているのか?についてですが、
「日本懐かし自販機大全」の著者である魚谷祐介さんによると、
年々少なくなっているものの、日本全国で約100台が稼働中とのこと。
都心から最も近いのは埼玉県行田市のオートレストラン「鉄剣タロー」
昔よく見たような王道の内装。
麺類、ハンバーガー、トーストサンドの三種は「フード自販機御三家」と呼ばれているそう。
変わり種フード自販機
変わり種フード自販機では、お店で手作りされたものを保温状態で販売する「べんとう自動販売機」や、
パックに入ったほかほかご飯とレトルトカレーが保温状態で販売される「ボンカレー自販機」、
みそ汁自販機、
噴水型ジュース自販機、
かき氷自販機と様々なバリエーションが存在したとのこと。
では、「鉄剣タロー」で販売されている定番のうどんの気になる味は?ですが、
平成生まれの女性スタッフさんの感想では「結構おいしいです。」とのこと。
どこの自販機が一番美味しい?
ではフード自販機のベストはどれなのか?
魚谷さん曰く「島根に自販機の神様と言われる田中さんという方がいらっしゃる」とのこと。
番組スタッフは羽田から出雲空港へ。
現地に到着すると調理場で作業中の方が。
「自販機の神様ですか?」というスタッフさんの問いかけには「恥ずかしいですけど・・・はい」というお返事。それが田中健一さんという方。
田中さんのお店は島根県益田市の「自販機コーナー オアシス」
2台の麺類自販機の他にガムやおにぎりの自販機も。
田中さんは以前、自販機メーカーに勤めており、現在は独立して自販機の販売と修理を行うプロとのこと。
田中さんが作る伝説のメニューとは王道の「うどん」。
毎朝4:30に起きて仕込みを行うそうで、田中さんのうどんは口コミで広がり、県外からもお客さんがいるほど。
普通のうどんのようですが、甘辛く煮た牛バラ肉入った肉うどんになっていますね。
その味は魚谷さんも一番美味しいと認めるものだそう。
手作りの味を機械から出して販売するのがフード自販機の肝というのが田中さんのお考えのようです。
ということでそんな肉うどんをスタジオでタカさんが試食。
The O’jays – Love Train
田中さんの作る肉うどん 350円。
タカさんは「うん!結構しっかり味付けしてあって、濃い味で、普通に食べられます。」という評価。
だしだけを飲んだみたり、ズルズルと箸が進んでいる様子。
現在の味になるまで5年の研究期間がかかったそうで、一日50杯~60杯の販売数を誇り、多い時には100杯になることもあるそう。
「島根だから、竹内まりやさんのご実家のお父さんとかも食べに来るのかしら?」とミッツさん。
石橋「出雲から。あの旅館。」
コーナー最後には検証結果が表示。
スポンサーリンクフード自販機は今でも100台ほどあり 一番美味しいのは島根の自販機の神様 田中さんが作る肉うどん
渋谷のディスコでナンパ 続き
Kool & The Gang – Straight Ahead
女子大生2人を間に挟んだ東さんとタカさんの写真。
当時、東さんは調布の団地に住んでいて、赤のスターレットに乗っていたそう。
写真は宮崎の実家に置いてあったのを自腹で取りに行ったという東さん。
The Brothers Johnson – Stomp!
定番のナンパテクとしてはとにかく笑わせることで、テレビに出ていた2人だったのでそれをきっかけに話しを広げていくとのこと。
ここでタカさん流ナンパ術「六本木アレー族」の話題に。
六本木の交差点を歩いていく時に綺麗な女の子が歩いてきたら、すれ違いざまに「アレー?先月あのJJの表紙やってた人?」などの一言を投げかけて、それをきっかけに話をするというもの。
かわいい女の子がひっかかるまで何度も何度も繰り返すとのこと。
2015年頃、日本でナンバーワンのロック歌手のコンサートを見に行ったタカさん。
そのロック歌手の奥様から「昔、石橋くんに六本木の交差点でアレー?って声かけられた。」と言われてしまったそう。その奥様はタカさんよりもちょっと年上の方だそうです。
ここで「これ言っていいのかな?」と前置きしながら東さんが「結構俺ね○○にかかってたのよ。」と切り出します。口の動きは隠されていなかったので恐らく「性病」ですね。
病院で股間に包帯を巻いて渋谷のキャンキャンに行っていたという東さん。
夏で短パンで踊っていたので包帯が取れてしまい床に。
それをタカさんが見つけて「アレー?」
拾ったタカさんに「俺のポコ○○のやつだよ。」と言った東さん。
しょーもないエピソードですねw
スポンサーリンクタカさんのナンパ失敗談
Rick Astley – Never Gonna Give You Up
当時は車がないと話しにならなかったというのはタカさん。
テニスをするために軽井沢や逗子マリーナまで電車に乗って行っていたというエピソードまで。
車がないと絶対モテないとのこと。
UB 40 – Red Red Wine
「芸人には売れる時の音がある。」というのは東さん。それを初めて聞いたのはとんねるずだったようですね。
80年代とはそういう時代で、漫才ブーム終焉後に誰が残って誰が消えるのか?
漫才ブームからはビートたけしさんと島田紳助さんだけ。ピンでは所ジョージさんと明石家さんまさん。
その次の世代ではコンビで残ったのはとんねるずだけだったと力説する東さん。
ここで次週予告。
来週のゲストはリリー・フランキーさん。
次回のテーマは「オレを熱くさせた昭和のオンナ」ですね。
【「石橋貴明のたいむとんねる」に関する全記事はこちらのリンクから】