NHKスペシャル 高木美帆 世界記録を生み5種目を戦う強さの秘密やメンタルは?
22年1月23日放送の「NHKスペシャル」ではスピードスケートの高木美帆を特集。中距離で世界記録を叩き出し、5種目を戦うオールラウンダーの強さを支えるのは高い技術力と常に課題に取り組むメンタル。という事で番組内容をまとめてご紹介。
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日本の中長距離
冬季北京五輪を前にして、これまで日本人選手が獲得して来たスピードスケートのオリンピックメダルを距離別種目で見てみると、
短距離種目が圧倒的多数。
中長距離は体格と絶対的なパワーで勝る大柄な外国人選手たちの主戦場。
かつて中長距離のエースとして1988年カルガリー五輪で1500m5位入賞を果たした青柳徹は「体格の差」についてこう語る。
「長距離になればなるほどストローク一歩でどれくらい滑るかが効いてくるので、そうすると足の長さがすごく重要になって来て。長くなれば一歩で進む距離が効いてくるので。」
ところが『中長距離は小柄な日本人には無理』というそんな日本スピードスケート界の常識を覆したのが高木美帆。
短距離から長距離までの4種目で競われる世界オールラウンド選手権(2018年)において日本人選手初となる優勝を手にしただけではなく、
2019年のワールドカップでは得意とする1500mで史上初の1分50秒の壁を破って1分49秒83の世界記録を樹立。
日本スピードスケート界初の金メダルに輝いたレジェンド清水宏保は、高木美帆にメジャーリーグで二刀流で戦っているあの大谷翔平の姿を重ねているという。
「スケート界でいえば高木美帆選手が短・中・長距離まで全て覆していった。」
高木美帆は北京五輪では5種目にエントリーしており、距離別に専門化が進む中では異例の存在。
特に1000m、1500m、団体パシュートの3種目では金メダル最有力候補の一人。
スポンサーリンク異次元の強さ
2020年12月の全日本選手権。
ここで高木美帆は3日間で5種目をこなす過密日程に挑む事に。こんなハードスケジュールは前代未聞。
ところがフタを開けてみれば、
500mであの小平奈緒に競り勝って優勝し、その2時間後には3000mを滑って国内最高記録を更新してこちらも優勝。
勢いは止まらず2日目も1000mで優勝、さらに得意の1500mでも当然ながら優勝。
そして最終日の5000mではこの種目でも記録を更新して優勝。
結果は5種目制覇と異次元の強さを発揮。
世界記録の秘密は?
なぜ高木美帆はこれほどの強さを誇っているのか?
ナショナルチームに所属するメンバーが集まって行われた体力測定では、
中長距離の女子選手の中で体重あたりの瞬間出力は4人中ビリ。
「圧倒的な持久力があるわけではないですし、かといって突出したスプリント能力があるわけでもなくて。自分のウィークポイント、悩みみたいな所が”突出した能力が無い事”だったんですよね。」
では高木美帆がこれほどの力を発揮する秘密とは?
その鍵を解くヒントは”平均速度の変化”を見てみるとよく分かる。
1500mを滑る中でライバル達の平均速度の変化は、
高速で飛び出し、あとはタレるのを必死に耐えるタイプの先行逃げ切り型のボウ選手や、反対に後半追い上げ型のモロゾワ選手。
前半は50km/hを越えて先行型のボウ選手に匹敵しつつ、後半に入っても失速せず、追い上げ型のモロゾワさえも上回るスピードでゴール。
スポンサーリンクなぜこんな事が可能なのか?
清水宏保が注目したのは高木美帆オリジナルの”刃の使い方”。
スピードスケートでは刃の外側(アウトエッジ)で氷に着き内側(インエッジ)に切り返す事で滑るのが基本。
このインエッジに切り返す時に初めて氷に力が伝わって加速するのがスピードスケートですが、
「アウトエッジからインエッジに切り返すタイミングは圧倒的に高木選手が速い。」
オランダのトップ選手と滑った場面をピックアップすると、
同時に足を着いた後の刃の切り返しが高木美帆の方が速い事が分かる。
「すぐインエッジに切り替えて、蹴る体勢にもう入っている。1個1個の動作が速い。これは短距離的な要素。この積み重ねでどんどんテンポがアップして行く。」
オランダ選手の割合が60%だったのに対して高木美帆は72%という差。
短距離的な滑りをする事で前半のスピードを出せていたという結論。
スポンサーリンク一瞬をとらえる技術
ところがこうした切り返しの速い滑りは大きな負担を強いるので体力を消耗をするのが普通。
事実、先行逃げ切り型の選手が後半にバテてスピードが落ちていくのを見るとそれは明らか。
となると後半に入っても失速しない高木美帆は一体?
その答えとなるのが”一瞬しかない美味しいパワースポット”。
清水宏保が指摘するのが一番体重が乗って、脚の踏ん張りが一番効くその瞬間。
骨盤・ヒザ・足首が一直線になる事で最大のパワーを発揮するその瞬間についてはこんな表現。
「ここでポンって蹴ってあげると氷なのにトランポリンのようにポンって跳ね上がって来る感覚があるんですよ。」
そして高木美帆はこの一番美味しいほんの一瞬以外はほぼ力を使っていないというのもポイント。
それを示しているのが蹴り終わりに生まれる氷のしぶき。
加速で力を入れ続けると氷を削るのでしぶきが自然と大きくなりますが、
高木美帆からは全くしぶきが上がらず。
時速50kmの世界でその一瞬だけを的確にとらえて最大効率で進む。
これが体力の消耗を抑えて後半もスピードを保ち続ける高木美帆の”突出した能力”。
「出したいスピードに対して一番少ないエネルギーで出すにはどうしたらいいのかな?みたいな。最終的にそこなんだと思います。」
では技術だけの選手なのか?というと決してそんな事は無く、
ソチ五輪後に招へいしたヨハン・デ・ヴィットコーチの下で徹底的にフィジカル面を強化した結果、
氷を蹴る力は3年間で15%以上アップして中長距離女子選手の中で伸び率No.1だという。
スポンサーリンク負けてガッツポーズ
その技術力について清水宏保は、
「どんなハードなトレーニングをしてどんな技術を磨いていっても、何年かけようが高木選手の技術の領域に追いつかないですよね。」
練習中に何か気づきがあれば記録。
また、目先の成功に囚われずに長い目で見た理想の滑りを常に追い求めるという姿勢も特異。
高校生当時の出場記録を見てみると「距離を問わずに片っ端から滑る」という一見無茶苦茶にも思えるそのアプローチ。
高校時代にスケート部の顧問として高木美帆を指導した東出俊一によると、
「本人は結果は求めないと。いい結果を出すのに越したことはないけど、この時点ではメインとする大会に全ての結果を求める事では無くて、今は経験を踏みたいと話をしてましたね。」
あるレースではコンマ何秒かを競り負けて惜しくも敗れたその瞬間にガッツポーズをしたという高木美帆。
「『ホントにこの子はちょっと違うな…』と。もちろん勝とうとしてやってるんですけど、それよりも自分の課題をクリア出来たことが嬉しかったんでしょうね。図抜けてますよね。そういう考える力っていうのはね。」
スポンサーリンク課題がないと楽しくない
そんな高い技術を研鑽し続ける高木美帆をもってしても、どんなレースでも常に最高のタイミングをとらえて滑るというのは至難の業。
世界を転戦して戦う2021年W杯では11月に滑った2レースで優勝しつつも課題を口にする高木美帆。
「スケーティングの全体的なリズムだったり、ストレート、コーナーの感覚もすごい良い時に比べるとちょっとタイミングが合わない。」
足元を見てみると、わずかに氷のしぶき。
700m-1100mにかけてはトップスピードと比べ、2レースとも1秒以上下落。
疲労が蓄積して後半はタレてしまうというごくごく普通の滑りに。
それでも課題を見つけて常に前進し続ける高木美帆は修正点を見直して12月のレースで目標の1分50秒切りを達成。
1秒オーバー下落した1戦目、2戦目のレースと比較すると半分近くも下落幅を抑えられているのが分かる。
「課題無くなっちゃったら、やる楽しさも無いですからね。きっと。」
課題を見つけるたびに速くなる高木美帆。
以上、NHKスペシャル高木美帆特集についてでした。