正座をするのはなぜ?徳川家光のせい?チコちゃん
23年8月11日放送のNHK「チコちゃんに叱られる拡大版SP」の問題『なぜ正座をするようになった?』の答えやたぶんこうだったんじゃないか時代劇など番組内容を簡単にまとめてご紹介。
ゲスト出演者
【ゲスト】北川景子、寺島進、堀内健
【VTRゲスト】目黒祐樹、池田鉄洋
なぜ正座をするようになった?
2問目の出題は、
正座をするのはなんで?
チコちゃんの答えは、
徳川家光が心配性だったから
解説は江戸川大学の斗鬼正一名誉教授。
正座は日本古来の独自の座り方という印象が強いですが、実は奈良時代に中国から伝わったと考えられているそうですが、
この時代の一般の人の座り方を見てみるとあくらや立てひざが多かった様子。
そもそも正座がしんどい・キツイ座り方なのは時代が変わっても同様なので広く浸透することは無かったと斗鬼先生。
ちなみに茶道で有名な千利休もお茶をたてる際にはあぐらを用いていたそうで、
こんな風にあまり広まらなかった正座の文化ですがこれを大きく変えたのが徳川家光の心配性。
ここで始まるのがNHKたぶんこうだったんじゃないか時代劇「ビビりん坊将軍 どうする家光」
二代将軍の秀忠は全国の大名を支配する制度として武家諸法度を作りましたが、
三代将軍の家光はここに新たなに参勤交代の制度を追加して大名たちに1年交代で江戸を往来させ、お金と労力を使わせてその力を削ぐように画策。
この参勤交代に関わるお金は全て大名たちの自腹で賄うようになっており、例えば金沢の加賀藩の場合は2000人ほどの大行列の宿泊費として現在のお金に換算して2億円ほどかかっていたとか。
さらに参勤交代の際には大名の家族を江戸に残させて人質をとるといったルールも作られたりと、とにかく大名たちの反乱を抑えるのに躍起になっていた家光。
さらにはキリスト教の禁止、幕府による貿易の独占、海外との自由な交流は原則禁止といった一連の政策でいわゆる鎖国に突き進むことに。
これに加えて家光が作ったのが家臣や大名に正座を強いるルール。
江戸時代には正座は跪座(きざ)と呼ばれ、罪人たちを長時間座らせて苦痛を与える拷問に使われていたり、服従を示すのに使われていたという事もあって、
これを取り入れることにした家光。
表向きには姿勢が綺麗に見えるという理由付けだったものの、
その真相は急に刀を抜いて斬りかかってくるような不測の事態を起こさせないための家光の策だったとも。
これがそのうち身分の高い人に対するマナーとして広まっていき、かしこまった席などでは正座を多く用いるようになっていったとか。
そして正式に正座と呼ばれるようになったのは明治時代に入ってからで「正しい座り方」という意味で明治政府が決めたもので、
学校教育でも取り入れられるようになって正しい座り方として一般的に広まっていったとの事。
という事で2問目は以上。
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