船出に紙テープを投げるのはなぜ?チコちゃん
24年2月16日放送の「チコちゃんに叱られる」の問題『船出の時に紙テープを投げるようになったのはなぜ?』の答えを簡単にまとめてご紹介。
ゲスト出演者
【ゲスト】シソンヌ長谷川忍、矢吹奈子
【VTRゲスト】なし
船出の紙テープ
1問目の出題は、
なんで船出の時に紙テープを投げるようになった?
チコちゃんの答えは、
森野庄吉さんが助け舟を出したから
解説は神戸大学の藤本昌志教授。
船出の紙テープは一見すると海外由来?と思いがちですが実は日本発祥の文化でほぼ日本でしか行われていない日本独自のセレモニー。
それを生み出した森野庄吉は1899年に22歳の若さでカナダのバンクーバーに渡り、その後アメリカのサンフランシスコに移り、日本人向けの宿や雑貨屋などの経営で成功した実業家。
1915年に開催されたサンフランシスコ万博では和紙などを販売する紙問屋の笠井商店が櫻紐という商品ラッピング用の紙テープを出展していましたが、この商品が不評で売れ残ってしまう事に。
というのも当時のアメリカでは商品のラッピングに主に布製のリボンが使われていたので紙製はなかなか受け入れられず。
大量の在庫を抱える事になってしまいピンチに陥った笠井商店に助け舟を出したのが森野庄吉その人。
自分が何とかしなければと売れ残った紙テープを大量に買い取った森野庄吉は世界各国の船が停泊していた港へ。
そこで船に乗る人に対して「紙テープで最後まで別れを惜しむ握手を!」と呼びかけて紙テープを販売。
スポンサーリンクそもそも森野庄吉が経営していた雑貨店は港のすぐ近くにあったそうで普段からよく港でのお別れのシーンをよく目にしていた事からこんなアイデアを思い付いたのでは?と藤本先生。
船上にいる人が紙テープを投げ、それを陸にいる人が受け取って握手をするかの如く見送るという森野庄吉のアイデアは大当たりして買い取った紙テープはほとんど売れ切れ状態に。
この紙テープを使ったセレモニーは以降人気となって1920~30年代のアメリカ・サンフランシスコ、中国・上海、オーストリア・シドニー、ハワイなどでも同様のセレモニーが行われるように。
ところが万博後に世界恐慌、第二次世界大戦などが起こって船旅が下火になり、戦争終結後には移動手段が船から飛行機にという時代に突入。さらに紙テープによる海洋汚染などの問題なども考慮して次第に紙テープセレモニーは廃れて行って今では日本ぐらいでしか見られない光景に。
日本ではギリギリまで別れを惜しみたいという日本人の国民性にハマったようで今でもセレモニーとして根強く残っていると藤本先生。
ちなみに最近では大量の紙テープを一本の棒に通し、先端の部分は結んでまとめ、それを船に吊り上げて陸で見送る人と繋げるというやり方。
子供たちもいるので投げると危ないという事で最近はこうした配慮を行っているそうで、素材も水に溶けやすいパルプ紙を使って環境にも配慮。
という事で1問目は以上。
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