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第17回「石橋貴明のたいむとんねる」ゲスト:森山直太朗 ホリエモンのあの炎上に居合わせたタカさん?


8月20日に放送された第17回「石橋貴明のたいむとんねる」。ゲストに森山直太朗さんを迎えて今回のテーマは「ショックを受けたあの歌」。懐かしの名曲「津軽海峡・冬景色」「冬のリヴィエラ」「渚のバルコニー」「演歌チャンチャカチャン」などを直太朗さんのエピソードとともに振り返ります。

さらに、トークの流れからホリエモン(堀江貴文さん)のリクライニングに関する炎上事件の場に偶然居合わせたというタカさんの告白まで。

というわけで8月20日放送の第17回「石橋貴明のたいむとんねる」の様子をご紹介します。

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出演者

【MC】石橋貴明、ミッツ・マングローブ

【ゲスト】森山直太朗

【ウェイトレス】なし

【ナレーション】山中まどか

番組概要

フジテレビ系で4月17日から放送が始まったトーク番組。

長らく続いた「みなさんのおかげでしたが」が最終回を迎えて、間もなく始まったとんねるず石橋貴明さんのレギュラー番組。

放送時間は23:00から23:40までの冠番組となっていますね。

第9回放送では月9ドラマの「コンフィデンスマンJP」が最終回15分拡大SPということで23:15から23:55までの放送。

トークセットのコンセプトはレトロな喫茶店の雰囲気となっていて、MC役の石橋貴明さんが向かって右側、ミッツ・マングローブさんが向かって左側に座って、真ん中にゲストを迎えるというポジショニング(放送初回だけはMC役の左右が逆)

ちなみに第6回放送では向かって左側にミッツ・マングローブさん、真ん中にタカさん、左にゲストという座り位置でした。

トーク中にはBGMとして古めの曲を中心に洋楽がかかるのも特徴。※アーティスト名と楽曲名が左下にテロップ表示されたものに関しては全て本文中に表記しております。

今の所、特に何もするわけでもないアシスタントのウェイトレス役の女性が2名。

店員さん風の衣装で常に後ろにスタンバイしていますが、初めにドリンクを持って来るだけで、あとは何かするということもなくただ後ろで笑っているだけ。謎の存在。

ウェイトレスの2名は途中からいつの間にかいなくなっていることもあるので余計によく分からない存在(第5回放送)。

江夏豊さんがゲストの第7回放送ではウェイトレスが一名もいない状態になってしまいました。※第8回も引き続きウェイトレスはナシの状態。

第9回ではウェイトレスは復活しましたが、名前の字幕表示は無し。

第2回放送まではごく短いオープニングとしてカウンター越しにミッツ・マングローブさんとタカさんがトークをしてからスタートしていましたが第3回放送からは省略されています。

ちなみに番組後半はCMだらけになって40分番組にしている理由があるのかよく分からないことに。

第4回放送からは「こつぶとんねる」というミニコーナーがスタート。

「ちょっと気になる懐かしいアレコレ」について番組が実際に検証するという企画ですね。

フジテレビの番組公式HPの募集ページには視聴者からの投稿を受付中となっています。

コチラが番組公式HPの募集ページ

ちょっとレトロなものであれば、アイテムや場所、生き物、人物、ブーム・現象でも何でもOKみたいですね。

こつぶとんねるのコーナー後には検証結果として結果表示がされるようになっています(第5回放送から)。

6月18日はサッカーワールドカップのハイライト番組放送の為に中止。翌週の6月25日は映画「昼顔」放送の為中止となっています。

第12回放送では番組初の生放送となっています。

第13回放送では番組初の全編ロケ収録。

第16回放送では番組中にかかる懐メロBGMのテロップ表示が久々に復活。

第17回放送では歌を特集する放送回ということもあってBGMテロップがまた省略。

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オープニング

今回は音楽一家に育った森山直太朗さんをゲストに迎えて、子どもの頃にショックを受けた歌を紹介していくという回。

ということでテーマは「子どもの頃に森山直太朗がショックを受けたあの歌」

1970年代、80年代から演歌やアイドル曲、ヒットした歌謡曲がピックアップされます。

今回はオープニングムービー後にCM。

CM明けはゲストの呼び込みからスタート。

石橋「ざわわが!」

当然ながら森山良子さんの楽曲「さとうきび畑」の印象的な歌詞ですよね。

まずはミッツさんから結婚の話題に。※5月に森山直太朗さんはご結婚。

石橋「どんな人?」

直太朗「同い年のピアニストの方です。」

石橋「こういう所ですよね。ピアニスト。」

ミッツ「しばらく婚活するとかって、お休みした時期あったじゃないですか?」

直太朗「婚活するために活動を休んだわけじゃないんですよ。笑。自分の人生とか音楽とかをちゃんと見つめ直さなきゃなっていう。困ります。そういう話は。」

石橋「すごい面白い話してくれるって。今日は。柳沢慎吾越えをするって。」

5月7日放送の第4回ですね。

第4回「石橋貴明のたいむとんねる」ゲスト:柳沢慎吾 大物芸能人のエピソード披露。新コーナー「こつぶとんねる」スタート

直太朗「絶対ないです。笑。ただただ、旧きを懐かしみ、過去を“回想”しながら皆さんと楽しいひとときを、」

石橋「“海藻”わかめ?お前はどこのワカメじゃ!」※詳しくは第4回放送でw

直太朗「面白くなっちゃうのはイヤなんです!」

今回のテーマを選んだ理由について、森山さんは改めて振り返ってみたいということだそうですが、

石橋「石立鉄男みたいな人に会ったとか?」※繰り返しますが、詳しくは第4回放送でw

直太朗「僕ちょっと記憶にないんですけども。笑」

ミッツ「舘ひろしさんがバスローブ着てたりしなかった?」

後ろ姿でポーズを取る舘さんのマネをするタカさん。※詳しくは・・・以下略。

ではここからトークスタート。

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トークスタート

まずはそれぞれの年齢については、

森山直太朗さんが1976年生まれの42歳。

ミッツさんが1975年生まれの43歳。

タカさんが1961年生まれの56歳。

直太朗さんとミッツさんはほぼ同世代ですね。直太朗さん曰く「昭和の最後の一搾りを味わっている世代」

またしても、母である森山良子さんを「ざわわ」と呼ぶタカさん。

直太朗「ざわわっていうのは曲ですし、曲のタイトルでもないし。サビのワンフレーズなんですけど。」

ミッツ「でも、ざわわって言ったら、まあまあ振り返るでしょ?笑」

直太朗「もちろんです。良子さんもその辺はもう。ざわわですよってなもんで。呼びましたか?ってなもんで。」

裏声に目覚める

トークは直太朗さんにどのような印象を与えたのか?を主眼に展開していきますが、まずはこれ。

「子どもの頃 直太朗が裏声に目覚めたあの歌」

1977年、日本でテレビ放送が完全カラー化されたこの年、お茶の間をテレビに釘付けにしたのは、

当時19歳の石川さゆりさんの楽曲「津軽海峡・冬景色」

映像は1977年12月20日の「決定!FNS歌謡祭’77 最優秀グランプリ」から。

一番をしっかり放送。「冬景色~」と伸ばす部分でにらみを利かせる石川さんに意外な印象を受けた様子のスタジオの3人。

直太朗「こんな感じなんだ。」

石橋「素敵。」

直太朗さんが1、2歳の頃の曲ですが、そこにひっかかるタカさん。

曲の発表時ではなく、その後に何度もテレビで流れるのを聴いて、

直太朗「とにかくこの曲はホントによく歌いました。」

お母さんとお姉さんも同様によく歌っていたそう。

ちなみにお姉さんの森山奈歩さんは歌手活動していた時期もあり、2006年におぎやはぎ・小木博明さんとご結婚。

石橋「ちょっと質問。おぎ嫁も歌上手いんですか?」

直太朗「おぎ嫁っていうのは小木さんの?僕の姉ってことで?」

石橋「“おぎ嫁洋子”か“酒飲め洋子?”」

直太朗「荻野目洋子みたいな言い方ですけど。」

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「ああああ~。津軽海峡」の部分を親子で奪い合うようにして歌っていたという森山家。

それを見ていた直太朗さんは、我慢できずに参加するようになったそう。

さらに奪い合って歌ううちに「ああああ~。」の部分をどんどんオーバーに表現するようになっていたとのこと。

直太朗「原曲聴くと、こんなんだったっけなぁっていう。結構アッサリしてるんだなぁっていう。」

男で裏声を出すことに対して恥ずかしいという思いが無くなったのは、この歌がきっかけだそう。

ミッツ「お風呂とかでも、(直太朗さんが)鼻歌歌ってて、ちょっとピッチがズレると、ガチャって良子さんが開けて『ピッチが甘い!』って。」

石橋「ホント?笑」

直太朗「歌ってもっとフランクに歌えるもんなのに。笑。ガチャっと開けて『語尾が流れてる』って。」

石橋「それはやっぱりお母さんは歌手にしたかったの?」

祖父の森山久さんもジャズ・トランペット奏者であり歌手として活動された方と言う事で、

直太朗「私もそういう風に育ったからごめんねって言われたことはあります。」

ミッツ「“僕ら”じゃない“ぶぉくら”でしょ!みたいなね。」

直太朗「それは言われたことないです!」

森山直太朗 – さくら(独唱)の歌唱動画はこちら。

ここで石川さゆりさんへのスペシャルインタビュー映像。

直太朗さんが裏声を人前で恥ずかしげもなく歌えるようになったのは津軽海峡・冬景色のおかげというエピソードを聞いた石川さんですが、

「ははははっ!直太朗くんそんな事言ってるんですか?あの素晴らしいファルセットの声をそういう風に言ってただけるなんてね。また今度ご飯を食べに行った時にでもよく聞いてみたいと思います。ありがとうございます。」

違和感を感じた歌?

続いては、

「子どもの頃 直太朗がある歌手に違和感を覚えた歌」

1982年、世界で初めて革新的な音楽ツールであるCDプレイヤーが発売された年、ある名コンビが革新的な楽曲を発表。

作詞:松本隆、作曲:大瀧詠一のコンビによる曲「冬のリヴィエラ」

歌うのはもちろん森進一さん。

映像は森進一40周年記念リサイタルから。

ミッツ「紅白であんまり歌わなかったのよね、冬のリヴィエラね。」

直太朗「そうなんですか!?」

ミッツ「おふくろさんと襟裳岬。」

これもまた1番をしっかり放送。

石橋「いい!」

ミッツ「何だろ、この艶。」

直太朗は6歳の時の曲ですが、

直太朗「強烈な違和感が当時あったんだと思うんですよ。ずっと残ってる曲の一つで、それまで(森進一さんは)演歌を歌う人っていうざっくりとした印象があったんですよね。松本さんとか大瀧さんとかミュージシャン気質の人が歌謡曲を書いて、それをサラッと森進一さんが歌いのけてるっていう。色んなエネルギーがあそこにあったんじゃないかな?っていう。」

細野晴臣、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂がメンバーだった「はっぴいえんど」では歌謡曲とは対極にある反体制的な象徴だったにも関わらず、そのメンバーが作った曲を演歌の大御所である森進一さんが歌うという革新性。

直太朗「それすごいことだなぁって僕思うんですよね。ちょっと真面目な話になっちゃいましたけど。」

ミッツ「山下達郎さんがマッチの、」

石橋「ハイティーン・ブギ?」

ミッツ「書くときに歌謡曲、流行歌って言ったら“売れてナンボ”で。そのプレッシャーでホントにハイティーン・ブギはすごい研究して書いたみたいな。達郎さんがおっしゃってました。」

石橋「へぇ~。俺カラオケで聴いたことありますよ。達郎さんのハイティーン・ブギ。」

直太朗「ホントですかっ!?」

その際に達郎さんは歌いながらもキーの調整などに余念がなかったとタカさん。

石橋「隣にまりやさん(達郎さんの奥様の竹内まりやさん)いて。すげぇの今俺聴いてるって。笑」

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困惑した歌?

続いては、

「子どもの頃 直太朗が歌詞に困惑したあの歌」

松田聖子さんの「渚のバルコニー」

映像は1982年4月12日「夜のヒットスタジオ」から。

映像を観ながらタカさんは「かわいかったなぁ。聖子ちゃん。」とウットリ。

「馬鹿ね」の部分で「かわいい!」と思わず声を上げるタカさん。

1番が終わると改めて「かわいい!」という感想のタカさんですが、

直太朗さんは「やっぱ臨場感がありますよねぇ。」という感想。

聖子さんについては母や姉の影響もあってテレビで観ていて、「素敵なお姉さんだなぁ。」という印象だったという直太朗さん。

作詞:松本隆、作曲は呉田軽穂名義のユーミンですが、

縮まりそうで縮まらないという男女の距離感を表現した歌詞が気になったという直太朗さんは、曲の主人公は思わせぶりな態度を取って、色々と想像を巡らせる女性なのに「水着持ってない」とちょっと突き放すようなセリフを言う点が気になるそう。

それを男女の駆け引きと言う直太朗さんに、

石橋「何で!素直に聞けばいいじゃないかっ!そこがずっと松本隆さんの“ずっと微熱が出てる感じ”ですよ。」

それでも歌詞を紐解いてみると、直太朗さんの結論としては「なるほどな。確信犯だなっていう。」

石橋「俺こないだ新幹線で俺の前に座ってましたからね。松本隆さん。『うわ!松本隆さんだ!』って。」

さらにそこに途中の駅からホリエモン(堀江貴文さん)が座り、前から、ホリエモン、松本隆さん、タカさんという並びになったそう。

石橋「縦三列すごい。そん時に、その前にいた奴が『リクライニング倒していいっすか?』つって、ホリエモンがムッとしたんだから。笑」

タカさんは自らピンマイクを付け直しながら衝撃の告白w

ミッツ「そして炎上してるという。笑」

直太朗「ニュースになってましたね。」

ミッツ「その現場にまさにいた?」

石橋「いた。」

意外な場面に遭遇したタカさんですが、本題に戻ると、1985年に結婚を機に歌手活動を休止した松田聖子さん。

聖子さんの最後のベストテン出演の時に一緒に共演したというタカさん。

ミッツ「天使のウインクだ。」

聖子さんと同い年のタカさんは共演者でありながら、活動休止についてしみじみと感じていたそう。

石橋「同い年だから。聖子ちゃん、カール・ルイス同級生。後に知るんですけど、オバマさんも。笑」

直太朗「どういう黄金世代なんだろう。笑」

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中毒になった歌

続いては、

「子どもの頃 直太朗が中毒になったあの歌」

1977年、ジャイアンツの王貞治さんがホームラン世界記録の偉業を達成したこの年、

ある素人さんがノリでデビューするという偉業を達成します。

それが平野雅昭さんの「演歌チャンチャカチャン」

映像は1978年1月16日「夜のヒットスタジオ」から。

映像が流れると爆笑するタカさん。

石橋「素晴らしいね!」

この曲を後追いで知ったという直太朗さん。

当時、現役のスナックのマスターだった平野雅昭さんがスナックを盛り上がるためにヒットさせようとしたところが、ヒットしすぎたおかげで逆にスナックを閉めるハメになってしまったというエピソードが紹介されます。

直太朗「教訓のある話ですね。」

この曲を聴いた時に「あっ、ノリでデビューしていいんだ!?」と感じたそう。

レコードに歌詞と共についていた振り付けの紹介が載っているのに食いつくタカさん。第17回「石橋貴明のたいむとんねる」ゲスト:森山直太朗 「演歌チャンチャカチャン」

「チャンチャカチャン」がいつ来るか?を待ち遠しくしている自分がいたという直太朗さん。

伴奏の部分も自分でやっちゃおうというノリ。

ミッツ「スナックのノリよね。これはね。」

直太朗「中毒性が高くて。」

石橋「そこに多分テイチク(テイチクレコード)の人が飲みに行ったんでしょうね?笑。それで出しませんか?って。」「平野さんの何とも“嘘つき”っぽい感じが。偽物っぽいこの感じがいいですよね。笑」

ミッツ「水商売とうさん臭さってのはセットですからね。」

最後に当時のレコードの値段「600円」を発表するタカさんw

恋をした歌

続いては、

「子どもの頃 直太朗が初めて恋をしたあの歌」

1986年、上野動物園で新たなアイドル、パンダのトントンが誕生した年、歌謡界にもあるアイドルが誕生。

流れてきたのは西村知美さんが歌った「夢色のメッセージ」

映像は1986年4月7日「歌のトップテン」から。

歌い出すと「この人は歌が下手ですね。」とタカさんがバッサリw

「アガッてるわけじゃないですね?」とタカさんはずっとイジッてますw

石橋「この映像は本人確認とれてるんですか?笑」

しっかり取れてますからタカさん安心してくださいw

1986年の映画「ドン松五郎の生活」は西村知美さんはデビュー作ですが、その主題歌だったのが「夢色のメッセージ」。曲もこれがデビュー曲。

歌が苦手だった西村知美さんですが、リリースまで半年も時間がかかったという本人談のエピソードも紹介されていますね。

元々はドン松五郎の映画の主題歌という事をしっかり記憶していた直太朗さんですが、曲云々ではなく、「一番初めに好きになったアイドルが西村知美さん」とのこと。

どこに惹かれた?というタカさんの質問には、少し考えた後に「かわいいですよねぇ」としみじみ語る直太朗さん。

直太朗「だからトロリン(西村知美さんの愛称)だもんってことなんですよね。」

クラスでも中心になるような女の子ではなく、少し影の薄い子のほうに惹かれるという直太朗さん。

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ここで西村知美さんへのスペシャルインタビュー映像。

直太朗さんが初めて好きになったアイドルが西村知美さんという事を伝えられると、

西村「本当ですか?きっとあのデビューの半年間限定だったでしょうね。ものすごくお喋りするようになってしまったら、アイドルの歌手というよりもバラエティの方に・・・。イメージが変わったでしょうね。すいません。イメージを変えてしまって。」

ここでタカさんに好きなタイプについて聞く直太朗さん。

石橋「やっぱり、『ムリめいきたいなぁ』とはいっつも。」

爆笑するスタジオw

石橋「成就はしなかったですよ?」

直太朗「ムリめ・・・笑」

石橋「やっぱり、インハイ打てなかったらアウトローも打てないだろうなっていう(自分は)タイプなんで、やっぱインハイを待ってましたよね。でも大抵若いうちはインハイ打てないんですよ。ムリめをいって、『かぁ!やっぱムリだよな!車もねぇし。』とか。そっからいつかインハイ打てるようになる!っていう。」

ミッツ「そういう意味で言うとさぁ、私らの世代(ミッツ&直太朗)で一番さぁ『遊園地行くんなら私、観覧車じゃなくてジェットコースター乗りたい!』って言う女の象徴が鈴木保奈美よね?笑」

爆笑するスタジオですが、

石橋「それはさぁ!役でしょ!」

直太朗「でもそうですよ。我々はそうで観てるんですよ!」

ミッツ「そういう女性の象徴ではあるから、そこは最終的に、」

石橋「インハイ?インハイをやっぱり打ってるって?そうかなぁ~。笑」

直太朗「ちゃんと脇たたんで。」

石橋「難しいんだよ?こう抜かなきゃいけないから。」

体を回転させているのでタカさんのピンマイクが外れて飛んでいってますw

圧倒的な歌唱力

「子どもの頃 直太朗が圧倒的な歌唱力に驚いたあの歌」

1975年、開業から10年半が経ち新幹線が博多まで延びた年、歌謡界でも105万枚まで売り上げ記録が伸びたあの名曲。

布施明さんが歌う「シクラメンのかほり」

映像はデビュー50周年記念コンサートのブルーレイ・DVD映像から。

お姉さんが聴いていたことで知ったという直太朗さんですが、やはり布施さんの圧倒的な歌唱力に驚いたそう。

直太朗「“生まれながらの歌い人”っていう。」

石橋「歌い人。」この表現に感嘆した様子のタカさん。

直太朗「一つとして同じ譜割りがないんですよね。ちょっとインテンポで歌ってないっていうか。」

あえて少しテンポをズラして歌う歌い方の“揺れ”が特徴という直太朗さんは、「こんな溜めちゃうんだ!」という印象を持つことも多いそう。

直太朗「もう根性比べみたいになってきてるぞ!みたいな。笑。どこまで溜められる?みたいな。」

石橋「シクラメンのかほりは当然のようにリアルタイムに。やっぱこの後の『君は薔薇より美しい』。」

「君は~変わった~」の部分で太い声の幅のままロングトーンに入るのが印象的というタカさん。

ミッツ「口が飛び出てくるみたいなね。笑」

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国歌斉唱好き?

最後に少し脱線したテーマで語るタカさんは、

石橋「こないだあれだよ。あの“しもしも~(平野ノラさん)”が小木ん家でサッカー(W杯の日本戦)を観てたんだって、そしたらざわわ(森山良子さん)が国歌斉唱してたって。試合前に。」

直太朗「試合の会場じゃなくて家でね?笑。腹立つ~。」

石橋「それをしもしもが言ってて。小木ん家で、小木とおぎ嫁と3人で観てたらお母さんがいきなり、君が~って歌い始めたって。笑」

直太朗「興奮しちゃったんだと思います。」

一度、サッカーの取材に行ったときに誕生日のサプライズを受けたという直太朗さん。学生時代の仲間がサプライズで登場して試合が行われるというものだったそうですが、

直太朗「向こうの方からリムジンみたいなのから降りて来て、母親が国歌斉唱して。笑」

「だから、国歌斉唱が好きなんだと思います。とにかく。」

このエピソードに顔を覆って爆笑するタカさんでエンディング。

次回予告では、

ゲストに飯島直子さんを迎えてテーマは「スターでつづるヘアスタイルの変遷」だそう。

次回は若いころにヤンチャしていたという飯島直子さんのエピソードを引き出すタカさんの姿が見られそうですね。

【「石橋貴明のたいむとんねる」に関する全記事はこちらのリンクから】

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