ヤクルト容器はなぜあの形?その意味やデザイナーの哲学とは?
日本の国民的飲み物といえばヤクルトの名前が思い浮かびますが、となると気になるのがあのヤクルト容器の形の謎。インダストリアルデザイナーの剣持勇が“こけし”を元にしてデザインしたと言われるあの独特の形の意味やその裏にある哲学とは?
というわけで20年9月12日放送のテレビ東京系「新美の巨人たち」からまとめてご紹介します。
スポンサーリンクヤクルト容器の基本データ
1日の販売量は世界中でおよそ4000万本。
ヤクルトは医学博士の代田稔が“生きて腸に届ける為に”強化培養した乳酸菌シロタ株を元に作られた飲料。
1935年の創業から戦後の1960年代までは容器にはガラス瓶が使われていました。
創業から20年以上が経った1960年代頃になるとヤクルトの販売本数も増加していき、販売を担ういわゆるヤクルトレディ(婦人販売員)の数も増加。
- 重量がかさむ
- 空き容器をヤクルトレディが回収する必要がある
ガラス容器だと中身が入っている状態だと1本約170gで空き容器でも約100gという重さだったとか。
そこでこれらの問題点を解消する為にプラスチックのワンウェイ(回収なし)容器の開発に着手。
そして工業デザインの傑作と名高いのがあのヤクルト容器が完成するわけですが、
1968年に誕生したヤクルト容器の基本的なデータは、
- 高さ:7.5cm
- 飲み口直径:2.4cm
- 底直径:3.8cm
- 容量:65ml
- 重さ(内容有):73.6g
- 材質:ポリスチレン(プラスチック樹脂)
作者はインダストリアルデザイナーの剣持勇。
剣持勇といえばアームレスチェア(ラタンチェア)やタワー灰皿セットなどをデザインした巨匠の一人で、そもそも日本にデザインという言葉を根付かせた世界的な人物。
その他にもジャパニーズモダンという新しいデザイン運動の担い手にも。
ヤクルト容器は剣持勇にとってはデザイナーとしてキャリアの後半に手がけたものでした。
厄介な容器デザイン
剣持勇にヤクルトから容器デザインの依頼が来たのは1967年の春の事で、当時事務所のチーフデザイナーを務めていて、ヤクルト容器のデザインにも協力した松本哲夫(現:剣持デザイン研究所所長)に当時を回想してもらうと、
「牛乳瓶ってのがありますでしょ?あれなかなか良いんですけども“誰がデザインしたか分かんない”っていうものを作りたいなと。」
誰がデザインしたかは分からなくても誰でも知っている形を目指したそうですが、デザイナーが誰かなんて知られる必要はないというのが剣持勇のポリシーだったとの事。
ところがここで問題が。
ガラス瓶の容器だと厚みが出て、全体的なボリュームがあったわけですが、これをそのままプラスチックに置き換えるとなるととても細長くなってしまうという難点。こうなると特徴に乏しく、不安定で貧相な見た目に。
つまり、あの牛乳瓶のようなヤクルトのガラス容器のデザインは“ガラスを使っていたからこそ成立していたデザイン”だったという事ですね。
そこで考えたのが「(容器の)高さを低く出来ないか?」というアイディア。
高さを抑えれば安定感は増すわけですが、既存のヤクルトの工場ラインの充填器をそのまま使用したいというヤクルト側の意向もあってこのアイディアは却下。
しかも内容量はガラス瓶と同じで変えてはいけないという条件も。
この無理難題に「相当悩んだですよ。」と松本哲夫。
そこでヒントを求めて工場のラインを観察してみると、目についたのが容器の転倒防止用のガイドレール。
「軽い容器が流れる。その高さの所にくびれを作ったらどうか?って提案して。」
とりあえずガイドレールに合わせるという事を基本方針に置いて、試行錯誤。
くびれを凹ませて、その分を別の場所を膨らませる事でボリュームのある造形を実現したんですね。
そしてこのくびれはガイドレール以外にもあるメリットを生み出すことに。
それが、くびれがある事で液体が一旦せき止められて、一気に口に入って来ず、ゆっくりと味わう事が出来るという利点。
コチラはヤクルト公式のYouTube動画。
スポンサーリンク寸法計算
これで基本的なデザインは完成しましたが、まだ解決すべき点は残っています。
それが、容器の寸法の計算。
65mlの内容量に合わせるには各部分の寸法をどうしたら割り出せるのか?
現在であればコンピューターですぐに計算できますが、当時はそんな便利はものは存在せず。
そこで剣持勇はスウェーデンのFACIT社製の機械式計算機を購入して地道な寸法計算に取り掛かります。
ヤクルト容器のラインの角度、長さ、膨らみの曲線、内側の空間の容積、使用する樹脂の量などを全て細かく計算しなくてはいけないので大変な苦労なわけですが、その裏には剣持勇の哲学が隠されているそうで、それが、
「デザイナーは技術に精通した芸術家である」
デザインだけやってハイ終わりではデザイナーではないという剣持勇の哲学がそこにあったんですね。
造形の骨格が固まると剣持勇を始めとしてデザイン事務所スタッフたちはさらにブラッシュアップ。
そこで大きな助けになったのは近所で遊ぶ子どもたちだったとか。
細かい部分変えた模型を何パターンも作り、実際に模型を持ってもらったり触ったりしてもらって、握り心地、感触などを聞いて回って最後のデザインを煮詰めていたとの事。
ヤクルトへのプレゼン
そして出来上がった容器デザインをヤクルトでプレゼンする事に。
一般的には何パターンかの試作品を見せるスタイルが多いですが、剣持勇とスタッフが持参したのは、
全て同じ形の石膏模型
でした。
そこで”唯一無二の物”であると堂々と披露したとか。
デザイン料は100万円。
すると「これで100万・・・?」と意外なリアクションが返って来たと松本哲夫。
当時既にヤクルトの販売数は1日およそ1000万本だったそうですが、
「100万÷1000万はいくらですかね?デザイン料なんてタダみたいなもんですよ。」と堂々と言い放つと、ヤクルト側は「う~ん・・・」
それでも最終的にOKが出て新しいヤクルト容器が世に出る事に。
スポンサーリンク1968年当時にヤクルトレディとして販売に携わっていて、今でも現役でヤクルトレディを続けていらっしゃるキャリア50年以上の大ベテランの方々にお話を伺ってみると、
「すごい軽くて楽でした。プラスチックになってからは本数も増えてたりしてたから。回収もしないし。」
「瓶の場合は箱を積んで自転車に乗らなくちゃならないんで、本数少ない割には大変だったんです。」
そしてコチラが容器導入当時の初期パッケージ。この見た目に懐かしさを覚える方も多いのではないでしょうか?
表面の印字などは時代によって変更されていますが、形はずっとキープされていますよね。
上部は水平にカットされた台形型で、せり出した部分はほんの1mmほど。
このせり出した部分が下唇に触れる設計。
下に行くとこの容器最大の特徴である内側に曲線を描く独特の“くびれ”。
お腹のくびれ部分を過ぎると直線にデザインされていて、底は面取りされて丸みを帯びた形。
ヤクルト容器裁判
日本のみならず、世界の多くの国でもこのデザインのまま販売されているのですがそれには“ある事情”が。
1997年にヤクルトは容器の造形デザインを立体商標として特許庁に登録出願。
立体商標とは立体物の形状そのものがトレードマークとして登録される商標で、例としては、
- KFCのカーネル立像
- キッコーマンのしょうゆ卓上びん
- 不二家のペコちゃん
- ホンダのスーパーカブ
などなど。
当然ヤクルト容器もこれらの仲間入りと思いきや、審査で拒絶されるというまさかの事態に。
この案件を担当した弁理士の清水徹男に話を聞いてみると、
ポイントは「自他商品識別機能」。
長年にわたってヤクルト容器のトレードマークとなっていたあの形ですが、似たような容器の形状は市場にいくらでも他に例があるという事で審査落ち。
この立体商標を巡る戦いは2010年に知的財産高等裁判所に戦いの舞台を移して、法廷で争うことに。
争点は「あの容器の形だけを見て『これはヤクルトである』と識別できるかどうか?」という所。
その裁判で注目されたのは2009年に行われた大規模なアンケート調査の結果。
全国の男女5000人を対象としたインターネットによるアンケート調査で、
設問は「この容器を見て思い浮かぶ商品名は?」というシンプルな物。
結果は98%以上の人がヤクルトと回答。
この結果が決め手となって2011年1月21日に立体商標として登録されることに。
このアンケート調査について担当の清水徹男は「最後の手段と言っては大げさだが、アンケートは有効な手立てだった」と当時を回想していたり。
以上、新美の巨人たちで紹介されたヤクルト容器デザインの成り立ちについてでした。