What an Interesting World

日々の気になるトピックについてあれこれと役立つ情報を提供するサイト

M-1 審査員を立川志らくはなぜ受けた?落語家が漫才に点数をつけるのは“運”?


21年6月27日放送のテレ朝系「太田伯山ウイカのはなつまみ この人はなぜモメる!?立川志らくと言い合いSP」にはゲストとして立川志らくが登場し、M-1グランプリの審査員を受けた理由やそもそもテレビに出るようになったきっかけについて発言。

スポンサーリンク

TVに出る理由は太田光?

主に寄席を主戦場にしているのが落語家というイメージを地で行っていた立川志らくさんでしたが、

TVに出るようになった理由については、

師匠の立川談志が爆笑問題・太田光さんとの対談で発した「俺の未練はむしろ太田に残しとくよ。」という言葉が引っかかったからだそう。

志らくさんからすればこの発言は「“志らくではなくむしろ”太田に残しておく」と聞こえてしょうがなかったとか。

つまり落語界では顔が売れていても世間一般的にはあまり知られていない井の中の蛙になっているという意味に捉えたという事ですが、

立川志らく「談志はテレビで活躍していない志らくにものすごい苛立ちがあったと。だから亡くなった後にじゃあ親孝行で売れようと。」M-1 審査員を立川志らくはなぜ受けた?テレビに出るようになったのは立川談志の発言がきっかけ

そんな意識の変化から徐々にワイドショーのコメンテーターなどの仕事も受けるようになっていったそうですが、

コメンテーターとしてテレビに出るにあたって意識したのは「感情論」だそう。

その手法は梅沢富美男さんから教わったそうで「どうやったらいいですか?」と直接教えを請うたとか。

立川志らく「感情をぶつけるんだ。多くの視聴者の人が言いたいけどどうやって言ったらいいのか分かんない。それをまとめてポンと言ってやればいいんだって。」

ただし落語家としての矜持は保っているという点については、

立川志らく「思想じゃないですよ。“弱気を助け強気にはヨイショ”ってのが芸人の生き方だから。だらしない生き方。」

そもそも落語家というのは確固たる思想に基づいて発言したりするような大層なものではなく、風に任せるようにひょいひょいと言う事が変わっても構わないというお考えの様子。

また、落語はテレビでは伝わりにくいと感じているそうで、

立川志らく「落語をやる事で『あっ爆笑問題の漫才よりかは志らくの落語の方が面白い』っていう言われる可能性があるならチャレンジしてもいいんだけども、それはもう年齢的に60近くなってくるとそれをやってる場合ではないなっていう。」

漫才やコントはそもそもテレビが作り上げてきた文化でもあるし、ネタにしてもテレビ用や賞レース用にいくらでもやり方があるのに比べて落語はどうしても型があるので難しい点が。

スポンサーリンク

M-1審査員を受けた本当の理由

M-1グランプリの審査員選出について世間から批判の声が寄せられる事があるという点について以前聞かれた時、

「私は落語ではダウンタウンの格」と番組で語ってまた火に油を注いだこともある立川志らくさん。

立川志らく「これは冗談だし、松本さんの目の前で言った発言だもん。だから私がM-1の審査員をやってるかってやたら『落語家のくせに漫才の経験も無いくせに何でやるんだ』って言うから。」

ダウンタウンとは同い年という事もあり、さらには長い期間“談春・志らく”といういわばコンビとしてやってきたキャリアもあるので落語界ではダウンタウンと同じぐらいのポジションにはいるんですよというのが真意。

それを端的に言うと「私は落語ではダウンタウンの格」と。

M-1グランプリは出場する側からすると芸人人生を左右するほどの一世一代の大舞台にもなるわけで、そうなると漫才に関しては門外漢の自分が本当に審査員を受けていいものか?と悩む事は?という疑問については、

立川志らく「私がそこで良い悪いを点数をつける。それによってその人の人生が変わる。ものすごく責任があるんだけども、それを含めて運なんですよ。結局は。だから出演者にどれだけの運があるかっていう。だから別に。」

この無責任な姿勢はある意味落語家のあるべき姿でもあるとの事。

以前、師匠の立川談志がM-1審査員を務めた歴史もあったりしますが、

立川志らく「談志が(M-1審査員を)一回やってた。それで漫才師でも無いのに私に(M-1の運営側が)声をかけてくれた。あの上沼恵美子さんが『好き嫌いで選ぶなんかヒドい!』って言われた時に、漫才を選ぶ時に好き嫌い以外の何があるんだ?って。好き嫌いなんですよ。それは映画もそうですよ。映画評論なんて言うけどそれは観た人の好きか嫌いかだけ。」M-1 審査員を立川志らくはなぜ受けた?落語家が漫才に点数をつけるのは“運”?漫才は好き嫌いで決める

そもそも明確な基準が無い中で漫才に点数を付けてきっちり優劣を決めてみようというのがM-1の始まりなわけで、そこで専門外の人間という考え方自体がそもそも間違っているという意識もありそうですね。

立川志らく「スポーツだとそこにちゃんとした技術があってルールがあるから好き嫌いでは決めらんないけども。だから審査員を全部変えたらば違う人がチャンピオンになっちゃうってだけなんですよ。」

そして過去のM-1を紐解けば、優勝したコンビがその後スターとして売れっ子になっているかと言われれば必ずしもそうではないわけで。

逆に優勝経験が無くてもテレビに引っ張りだこになって売れっ子として定着しているケースもあるわけですし。

立川志らく「それを含めて運だから。運を持ってる人がやっぱりスターになっていくわけでしょ?」

そう考えると全てひっくるめて運というのは納得。

総じて、M-1審査員を受けた理由としては立川談志師匠の影響がかなり強い事がうかがえますよね。

スポンサーリンク

置きに行く審査

ちなみに審査された芸人側の意見を聞いてみると、

M-1グランプリ2020年で立川志らくさんに86点という最低得点を付けられたウエストランドの2人は、

ウエストランド井口「何が言いたいんですか?笑。何を言わせようとしてんだよまず。」

ウエストランド河本「リスペクトしかしてません。」

ウエストランド井口「唯一ちょっと気になったのは志らく師匠の得点はちゃんとしてる。どの審査員よりまともでしたから。ちゃんと付けてるんで。まあ置きにはいってるかなっていうぐらいじゃないですか…。いい意味でね!」M-1 審査員・立川志らくの2020年の採点リスト 置きに行った点数?

2020年の採点表を見てみるとそんな的外れな点数を付けているようには思えませんよね。

「漫才は好き嫌い」と断言しつつも、置きにいっているというのはつまり自分好みをただ単に押し付けるだけではなく、ちゃんと世間の意見に合わせる事も出来るという意味でもあったり。

立川志らく「置きに行ってるって言われるとね、確かにそれはあるかもしれない。最初はあったんですよ。(2002年の第2回大会でスピードワゴンに対して)談志が50点付けたので私も15点とか付けようかと思った事はある。でもそういう雰囲気じゃない。みんな人生かけてやってるから。自分のウケ狙いでやっちゃいけないなってそこでは。」

ただし実際に15点付けてやろうかと本気で思ったコンビは過去いたそうですが。

立川志らく「ここで15点って付けたらそしたら話題になるだろうなって。M-1全部を壊してしまうような事はしちゃいけないなって。」

ここまで見てみるとM-1審査員に求められる素質はしっかり備わっているのは感じる所。

 - エンタメ

スポンサーリンク