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箱根駅伝で山道のルートを走るのはなぜ?きっかけはアメリカ?何だコレミステリー


26年1月14日放送の「世界の何だコレ!?ミステリー」では箱根駅伝ではなぜ過酷な山道のルートをわざわざ走るのか?を調査という事で答えなどまとめてご紹介。

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箱根駅伝のはじまり

解説は箱根駅伝の解説を務めている瀬古利彦。

箱根駅伝のはじまりに深く関わっている人物として名前が挙がるのが日本のマラソンの父とも呼ばれ大河ドラマ「いだてん」の主人公にもなった事がある金栗四三。

そんな彼は1912年のストックホルム大会に日本人初のオリンピック出場を果たしたわけですが、マラソンランナーとしても非常に優れた能力を発揮して、当時行われたオリンピック出場のための国内予選でその頃の世界記録を27分縮めるという快挙を達成。

その記録をもって日本の期待を一身に背負う事になった金栗四三ですが、オリンピックのレース本番ではまさかの途中棄権という事態に。というのも開催地のスウェーデン・ストックホルムはほぼ白夜という環境で何の準備もしないままだと睡眠リズムが崩れてコンディション悪化は必至。

まだ海外渡航が珍しい時代にあって金栗四三が現地の環境順応に苦労したのは想像に難くなく、睡眠不足などの影響から熱中症に見舞われてしまう事に。

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この結果を受けて金栗四三は世界で戦う難しさを痛感する事となり、現地の環境に順応しなければ世界とは戦えないと「アメリカ大陸横断駅伝」を企画して世界に通じる選手の育成を発案。

この突拍子もない大プロジェクトは西海岸のサンフランシスコをスタートとして標高4000m級のロッキー山脈を越えて最終的にニューヨークを目指すという実に全長4000km以上の壮大なルート。アメリカ大陸横断駅伝のルート

駅伝でタスキを繋ぐとは言えこのような長大な距離を走る競技自体世界でも前例がないもので、あまりに規格外のこの挑戦は日本の長距離界を発展させたいという金栗四三の強い思いや、自身が味わった悔しさを反映したものでしたが、当然ながらその超過酷なレースに参加する選手の強化や選考も必須になるわけで、そこで開催されたのがアメリカ大陸横断駅伝の予選会としての箱根駅伝。

こうして1920年に開催された第1回箱根駅伝は学生の本分は勉強に励む事という理念を反映させて授業が全て終わった午後にスタートして最終的に箱根のゴールに到着したのは夜8時半ごろに。冬の時期に開催された事もあって当時のルートは真っ暗で周辺住民が松明で道を照らす中を走ったり、中には選手と伴走する形で道を照らしたという記録も残っているとか。

そんな過酷な状況を想定して他にもコース案はあったようですが、箱根ルートが選ばれた理由というのが「箱根の山」の存在で、アメリカ大陸横断駅伝のロッキー山脈の登りと下りを念頭に置いてコース選択がされたとの事。

そんな経緯で行われたレースには全国から4つの大学が出場し、筑波大学の前身となる東京高等師範学校が総合優勝という結果で幕を閉じましたが、肝心のアメリカ大陸横断駅伝は諸般の事情、特に開催費用が莫大になり過ぎたという理由で中止となり、一度も開催される事無く幻のレースに。

ただし、本来は予選会という位置付けだった箱根駅伝だけは残される事になって今ではすっかりお正月の風物詩として人々に愛される事に。

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