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なぜ西郷隆盛の銅像は犬を連れている?糖質制限ダイエット中だった?チコちゃんに叱られる


21年5月15日放送のNHK「チコちゃんに叱られる!」で出題されたのは『西郷隆盛像が犬を連れているのはなぜ?』という問題。上野に建てられている西郷隆盛の銅像は着流し姿で犬を連れている姿が有名ですが、実はあれは糖質制限ダイエットに励んでいた姿なんだそうで。

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ゲスト出演者

【ゲスト】清原果耶、夏木マリ

【VTRゲスト】勝矢

西郷隆盛像が犬を連れているのはなぜ?

3問目の指名は、

この中で一番、歴史に詳しいステキな大人ってだーれ?

大河にも出ているとい事で岡村さんが回答者に。

チコちゃんの疑問は、

なんで西郷隆盛像は犬を連れているの?

周りに対する威圧感のためという答えですが、

チコちゃん「ボーっと生きてんじゃねーよ!」

清原果耶さんは「友達だったんじゃないですか…。」と何だか投げやりな答えw

一方で夏木マリさんは西郷隆盛は鼻が悪かったという答えですが、

チコちゃんの答えは、

ダイエットをしていたから

解説は志學館大学の原口泉教授。薩摩藩の歴史研究55年の近代史学者でNHKの大河ドラマ「西郷どん」の時代考証も担当。

西郷隆盛の歴史が書かれた西郷隆盛全集によると、

太り過ぎだった西郷隆盛は医者にダイエットを勧められたという表記があるそう。

鹿児島県で生まれた西郷隆盛は幕末に薩摩藩の中心人物として活躍。

江戸の町と人々を救う事になった江戸無血開城などの偉業を成して明治維新のヒーローの一人に。

その功績が認められてその後は日本で最初の陸軍大将に抜擢されるのですが、

ここで始まるのは再現ドラマ、西郷隆盛役は勝矢さん。

藩の廃止について思いを巡らせる西郷隆盛ですが、この頃の明治政府は明治初期まで存在した藩という大名が持っていた領地と組織を廃止して新たな府県を配置して全国を政府の直轄にする事を進めている時代。教科書に載っていたいわゆる廃藩置県というやつですね。

西郷隆盛は政府と各藩の大名との間を調整する責任者としてストレスの多い日々を送っていたとか。

そんな彼の楽しみは「とにかく食べる事」で大飯を喰らってストレス発散。

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大好物は薩摩の郷土料理「豚骨」で豚肉のぶつ切りを桜島大根と一緒に煮込んだ料理で麦味噌を使った甘味が特徴。

これをご飯に乗せてがっつき、さらにはうなぎの蒲焼を丸ごと一匹平らげる大食漢。

西郷隆盛に関する逸話をまとめた南洲翁逸話には、

たけのこの酢味噌和え、うるめいわしの刺身なども好物でこれらをおかずに毎食3杯は食べていたとか。

さらに食後のデザートも大好きだったという西郷隆盛。

大久保利通の家から帰ろうとした時に部下にテーブルに置いてあったカステラを取りに行かせたなんてエピソードも残っているとの事。

そりゃ太るのも当然という訳で、

かつて島流しに遭って35歳の頃は180cmで80kgという体重だったのが、44歳には110kgと堂々たる貫禄。なぜ西郷隆盛の銅像は犬を連れている?糖質制限ダイエット中だった?チコちゃんに叱られる

太り過ぎで馬に乗れず、行進がつきものの軍隊にあっては早歩きも出来ないという有様。

そんな西郷隆盛の元に突然やって来たのが当時東京大学で内科学を教えていたドイツ人医師のテオドール・ホフマン。

自分は健康だから医者は必要ないと診察を断る西郷隆盛でしたが、実はテオドール・ホフマン医師を西郷隆盛の元に派遣したのは明治天皇。

陸軍の訓練で様子のおかしい西郷隆盛の身を案じて軍医であったテオドール・ホフマンに指示をしていたそう。

天皇直々の事という事情もあって診察を受ける事になった西郷隆盛ですが、診断結果は、

脂質異常症

血液中の中性脂肪・悪玉コレステロール値が高く症状で放置すると死に至る事も。

この時の事を西郷隆盛は叔父に当てた手紙の中でも述懐していて、とにかく体についた脂肪を取る必要に迫られたと記しているとか。

そして治療法としてテオドール・ホフマンが提示したのが糖質制限ダイエット。

当時19世紀のヨーロッパでは糖質制限ダイエットが大流行していてテオドール・ホフマンは西郷隆盛にその流行りのダイエット法を勧めたというわけですね。

西郷隆盛「食べ物は麦飯を少しずつ、鶏肉などの脂が少ない物を食べ、なるべく米や穀物を摂らないようにとの事。」

さらに下剤も服用するというかなり無茶なアプローチも。※健康を損ねる恐れがあるので絶対にマネしないように

そのせいで一日5~6回はお腹を下していた西郷隆盛。

このような食事面でのダイエットの他にテオドール・ホフマンが推奨したのが朝と夕方の散歩。

そこで西郷隆盛は元々趣味だったうさぎ狩りも兼ねて犬を連れて散歩する事に。

当時の西郷隆盛の散歩ルートは渋谷からスタートして代官山にある西郷隆盛の弟の屋敷があった西郷山公園を通り、陸軍の練兵場があった駒場まで往復4kmの道のり。なぜ西郷隆盛の銅像は犬を連れている?散歩コースは渋谷・代官山・駒場 チコちゃんに叱られる

朝夕の1日2回なので8kmの散歩というわけですね。

下剤以外は今でも通用するような割とオーソドックスなダイエット法ですが、そのダイエット結果は謎。

西郷隆盛のダイエット結果については何の資料も残されていないのでハッキリとした事は分からずじまい。

原口先生によると、恐らく明治天皇直々の命令だったのでダイエットはしっかりやり遂げたのでは?との事。

その後は1877年に起きた西南戦争で西郷隆盛率いる反政府軍と明治新政府軍が争う事になり49歳でこの世を去った西郷隆盛。

最期は気にかけてくれた明治天皇に対して弓を引く形となってしまったわけですが、

明治政府の中枢の中には西郷隆盛が亡くなった後でも西郷隆盛を信奉する人が多く存在していて、

西郷隆盛の親友だった吉井友実(ともざね)の発案で銅像建設計画が持ち上がる事に。

明治天皇への反逆者となってしまった西郷隆盛の銅像建設は流石に上手く進まないのでは?と思いきや明治天皇から現在の価値で約1200万円の寄付金が出る事になって建設計画が進むことに。

銅像のデザインを決めるまでには紆余曲折あったようで、

例えば最初のデザインは陸軍大将服にサーベルを腰に差した凛々しい立ち姿でしたが、西南戦争で反政府軍となった姿を彷彿とさせるという事で不採用。

そして最終案が着流し姿で犬を連れた西郷隆盛の姿。

西郷隆盛の日常をしのばせるという事でこのデザインがが採用されて1898年に上野に建立。

というわけでコチラが結論。

西郷隆盛が犬を連れているのはダイエットをしていたから

でした。

どんなダイエットをした事がある?という質問には「差し入れの甘い物制限ダイエット」とチコちゃん。

以上で3問目は終了。

※同放送回のその他の疑問はコチラ

NHK「チコちゃんに叱られる!」に関する全記事はこちらのリンクから

一覧:NHK「チコちゃんに叱られる!」

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