渋谷に人が集まるようになったのはなぜ?チコちゃん
26年7月31日放送の「チコちゃんに叱られる」の問題『なぜ渋谷に人が集まるようになった?』の答えなどまとめてご紹介。
スポンサーリンクゲスト出演者
【ゲスト】DAIGO、ぱーてぃーちゃん信子
【VTRゲスト】なし
なぜ渋谷に人が集まるようになった?
2問目の出題は、
なんで渋谷に人が集まるようになった?
チコちゃんの答えは、
奇跡の水があったから
解説は國學院大學の深澤太郎教授。
深澤先生によると渋谷に人が集まり始めたのは古墳時代にまで遡るそうで、その証拠に昭和11年に撮影された渋谷周辺の航空写真にはNHKの建物内に長さ80m以上の前方後円墳の跡があったという意外な事実。ここまで大きなサイズの古墳があったという事は、それを作るために必要な大きな集落があったという事でもあるわけで古墳時代から渋谷には人が集まっていたという事に。
そもそも渋谷という場所はすぐ隣の表参道に比べると標高で20mほど下がった所にあり、渋谷を代表する坂である宮益坂、道玄坂、公園通りの周囲には川が流れていて、その川の合流ポイントがちょうどスクランブル交差点のあたり。つまり渋谷は谷底にあるという意味でも。
そして昔の人々は氾濫のリスクもある谷底を避けて、坂を登った所にある台地に集落を作って生活をしていましたが、そこで重要になるのが台地周辺に発生しやすい湧き水の存在。
スポンサーリンクまた、諸説あるものの渋谷の湧き水は鉄分を多く含んでいるといわれていて、そのせいで水が赤茶色(=渋色)になっていたためにそこから渋谷の地名になったというお話も。
そんな渋谷の湧き水は火山灰などが堆積して出来た比較的水を通さない地層である渋谷粘土層によって多く生まれているそうで、地面に染み込んだ雨水が水を通さない渋谷粘土層の上に留まる事で湧き水ができやすい環境になるという仕組み。
さらに渋谷は斜面が多くて水が湧き出しやすい地形条件もそろっていたという事で、湧き水の周囲の土がどんどん崩れて行って水の溜まる範囲が広まっていくと徐々に池になって、昔の人々の生活を支える水源として活用されたり。
つまり渋谷特有の地層と地形の組み合わせで生まれた奇跡の水が人が集まる理由になっていたというのが第一。
また、江戸時代には弘法大師ゆかりの源泉を利用した共同浴場の弘法湯(こうぼうゆ)が渋谷エリアに作られて、旅館兼料理屋なども一緒に建てられた事で銭湯を中心とした飲食店街などが発達して酒の席を楽しむ夜の街へと進化。こうして多くの料亭が開業した渋谷では最盛期には400人を超える芸者を抱える歓楽街へ。
さらに明治時代まで時代が進むと渋谷の湧き水を利用した渋谷茶が栽培されて、渋谷は茶畑が数多く点在するお茶の一大産地だったという一面も。そして明治18年に渋谷駅が誕生するとお茶を求める客やお茶の栽培人が多く集まってまた違った賑わいを見せるように。
スポンサーリンクそれがいつしか若者の街へと変貌していく事になるわけですが、それは渋谷が坂も多く細い路地も多くて曲がりくねっているという決して立地が良い土地とは言えない所だったために土地の価格が安く抑えられている点が作用したと深澤先生。その証拠に昭和37年に銀座の1坪当たりの土地の値段が350万円だったのに対して渋谷は1坪217万円と安めというデータも。土地の価格が安ければ家賃も安くなるのが自然なので若者が好むコアな店がこぞって渋谷に開業。
また、昭和初期に東横線の始点と終点が渋谷駅になったおかげでターミナル化して乗降客が増えて早い時期から百貨店や映画館などが建って、これも若者が集まりやすかった理由に。
という事で2問目は以上。
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