鳩時計の鳥が鳩なのはなぜ?日本だけのオリジナル?チコちゃん
26年5月1日放送の「チコちゃんに叱られる拡大版SP」の問題『鳩時計の鳥が鳩なのはなぜ?』の答えなどまとめてご紹介。実は世界中で鳩時計と言っているのは日本だけという意外な事実も明らかに。
スポンサーリンクゲスト出演者
【ゲスト】フットボールアワー後藤輝基、齋藤飛鳥、吉田仁人
【VTRゲスト】なし
鳩時計の鳥が鳩なのはなぜ?
4問目の出題は、
なんで鳩時計の鳥は鳩なの?
チコちゃんの答えは、
可免(かめ)さんが平和を願ったから
解説は鳩時計専門店「森の時計」の芹澤庸介さん。
そもそも鳥が出て来て時刻を知らせる時計は18世紀のドイツで誕生したものといわれいて、その時に使われていた鳥は鳩ではなくカッコウ。
ドイツ語では「Kuckucksuhr」と表記してその意味は直訳でカッコウ時計。英語でも同様に「Cuckoo clock」でカッコウ時計で鳩時計ではないというのが真実。
確かに言われてみれば鳩時計の鳴き声は「カッコウ」と鳴いていますし、現在日本で販売されている鳩時計のほとんどは海外製なのでその姿かたちも実はカッコウ。
つまり本当はカッコウ時計なのに鳩時計と呼んでいるのは世界中で日本だけという事に。
スポンサーリンク鳩時計あらためカッコウ時計は1738年にドイツのパイプオルガン技術者フランツ・アントン・ケトラーによって世界で初めて製作されたといわれていて、ドイツ南西部の黒い森と呼ばれるシュヴァルツヴァルト地方でフランツがモミの木に止まって鳴くカッコウの鳴き声から着想を得て時計を作ったという逸話も。
カッコウは初夏の訪れを告げる鳥として冬が寒くて長いこの地域では「カッコウ=幸運を運んでくれる鳥」というイメージと共に親しまれていて、いわばラッキーシンボルような扱いをされていたり。
そしてこのカッコウ時計はやがて日本へやって来て鳩時計と呼ばれるようになっていくわけですが、そこに大きく関わっているのが三橋可免という人物。
可免さんは明治23年に東京八丁堀に生まれ、19歳で結婚した際に夫の手塚六郎と共に機械工具を取り扱う会社・手塚商店を設立。
ところが夫の六郎を若くして亡くすという悲劇に見舞われた可免さんは亡き夫の跡を継ぐ形で2代目社長に就任して当時としてはかなり珍しい女社長として会社を切り盛り。
その後、1923年に遭遇した関東大震災で会社が全壊するという苦難を経験したり、震災後の経営立て直しから6年後には最愛の息子が18歳の若さで急死する悲劇にまたしても見舞われたりとなかなか順風満帆とはいかず。
スポンサーリンクまた、この時代は太平洋戦争直前というタイミングで日米関係が急速に冷え込むにつれてアメリカからの工具の輸入がストップ。そんな中で日本軍の関係者からこれまで輸入に頼っていた工具を国産化できないか?と持ち掛けられた可免さんは新規事業として測定工具のダイヤルゲージを作る工場として1941年に手塚測定工具を設立。
そこからは戦時中の軍からの注文も多く経営は順調のように見えたのも束の間、戦後になると注文が途絶えてしまって経営危機に直面する事に。
戦地から帰って来る従業員たちを社長として何とか守っていかなくてはと考えた可免さんは売れない測定工具に代わってドイツ製のカッコウ時計に目を付ける事に。輸入品も多く扱っていた会社だったので何かの折に輸入されたカッコウ時計を見たのがきっかけになったのでは?との事。
こうして可免さんはドイツのカッコウ時計を参考にして手塚時計株式会社の製品として1946年にポッポの鳩時計を販売。
ちなみに1977年の手塚時計のカタログにはしっかり「CUCKOO CLOCK (カッコウ時計)」と書かれているもののその商品名はあくまでハト時計。
これがきっかけとなって日本では鳩時計という呼び名が定着するようになっていったわけですが、そこには可免さんの「平和の時代にふさわしい商品に平和のシンボル・鳩を冠したい」という思いがあったようで、世界で日本だけが鳩時計と言っているその裏には平和への精神が宿っていたというまとめで4問目は以上。
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