映画といえばポップコーンになったのはなぜ?チコちゃん
26年10月9日放送の「チコちゃんに叱られる」の問題『なぜ映画といえばポップコーンになった?』の答えなどまとめてご紹介。
スポンサーリンクゲスト出演者
【ゲスト】吉田羊、加藤清史郎
【VTRゲスト】なし
なぜ映画といえばポップコーンになった?
1問目の出題は、
なんで映画といえばポップコーンになったの?
チコちゃんの答えは、
世界恐慌があったから
解説は日本ポップコーン協会の渋川駿伍会長と日本映画大学の石坂健治教授。
そもそもポップコーンが生まれたとされるのは約6700年前のアメリカ大陸で、アメリカ先住民が硬いとうもろこしを焚火に入れて弾けたものを食べていたのがそのはじまりというのが有力な説。乾燥した北米大陸でも育ちやすいとうもろこしを使ったポップコーンは先住民たちにとってはおやつのような扱いだったそうで16世紀になるとヨーロッパ移民への友好の証として先住民たちがポップコーンの作り方を伝えて徐々にその認知度は上昇。
一方でアメリカにおける映画館は1891年にエジソンが発明したキネトスコープがその元祖とされていて、当時のキネトスコープは一人ずつ覗き込む形で楽しむ映写機だったとか。そこから1900年代初頭になると300人ほどが収容できるニッケルオデオンと呼ばれる劇場型の映画館が登場。当時のアメリカ人の平均年収が約500ドルだった時代に一回5セント(0.05ドル)ととても安く楽しめた映画は庶民の娯楽として急速に普及。
そして、この頃のポップコーンはというとサーカス、野球場、街角などで売られる庶民的なお菓子としてアメリカで広く定着していたためポップコーンと映画館が出会うのは必然だった…とは必ずしも言えないようで、というのも1914年頃に誕生したベルサイユ宮殿などをマネて造られた豪華絢爛な映画館=ムービーパレスが映画業界に一石を投じる事に。
スポンサーリンクこのムービーパレスはその収容人数も約3000人とそれまでの映画館の10倍の規模を誇り、料金もその豪華さに見合うだけの25~50セントと5倍から10倍の値段設定に。サービスも入り口にドアマン、映画上映前にオーケストラの生演奏と訪れた一般客をまるで貴族のような扱いでおもてなしするのが基本コンセプトだったこのムービーパレスではいかにも庶民的なポップコーンはNG。
その後1923年に作品に声や音が付いたトーキー映画が短編映画として製作されるようになると字幕が苦手な人や子どもといった新たな客層を取り込んで最盛期には年間入場者数9000万人を記録する程の巨大産業に成長した映画。
当時のアメリカは映画館もポップコーンも同じように普及していたわけですが、演劇やオーケストラのコンサートでポップコーンをつまみながらというのはなかなか場にそぐわないのと一緒で1930年頃のアメリカでは映画を観る時にポップコーンなどの食べ物の持ち込みは御法度という共通認識が広く浸透。
ところがそんな折に世界を直撃したのが1929年から巻き起こった世界恐慌。米ウォール街の株価暴落に端を発する世界的な経済不況ではアメリカで多くの企業の倒産が発生して1929年には失業率3.2%だったものが1933年には失業率25.6%と約8倍に。
この煽りをモロに喰らったのが娯楽産業で最盛期の1930年に年間入場者数9000万人を誇っていた映画は1933年に6000万人と大幅減。この売り上げ激減に直面した映画館側は何とかして立て直そうと入場料以外の収入アップを模索して、それまでタブーだった映画鑑賞中の食べ物に着目。
他に候補としてドーナツやキャンディーなども検討されたようですが、それらの原価に比べてポップコーンは原価が安く抑えられる一方で利益は多いと映画館のニーズにぴったりでポップコーンに白羽の矢が立つ事に。
スポンサーリンクこうして映画館で売られるようになったポップコーンは1938年にポップコーンの売り上げだけで年間約20万ドル(現在の約7億5000万円)の利益を稼ぎ出すように。これは原価が安い以外にもポップコーンが映画館と相性抜群だったこともあって、
- シェアがしやすくて手が汚れない
- 作るのに油を使わないのでフライヤー不要で調理場も最小限
- とうもろこしは穀物なので年単位で長期保存可能&食品ロスも少ない
など。
こうして映画を観る時のお供として紆余曲折ありつつも出会うべくして出会った両者。ちなみにアメリカでは映画館ごとにポップコーンの味付けが微妙に違うそうで人それぞれ推しがあるという豆知識で1問目は以上。
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