エイトジャムの女性アイドル50年史選曲リスト一覧 昭和・平成・令和で選ばれたのは?
26年6月24日放送の「EIGHT-JAM」ではプロが選ぶ昭和・平成・令和の女性アイドル50年史と題して年代ごとの代表曲を約130曲選出という事で選曲リストを一覧でまとめてご紹介。
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女性アイドル50年史 (1970年代)
南沙織『17才』(1971年)
アイドルという言葉が初めて使われたとも言われる日本歌謡界の元祖女性アイドル。
「アイドルという存在ながら沖縄出身の歌謡曲的な匂い」
森昌子『せんせい』(1972年)
視聴者参加型番組「スター誕生!」の初代グランドチャンピオン。
アグネス・チャン『ひなげしの花』(1972年)
「香港から来た妖精」と称された海外発のアイドル第1号。
「日本語発音をアレンジして歌う事でグルーヴが出ている」
麻丘めぐみ『わたしの彼は左きき』(1973年)
誰もが真似しやすいアイドル振付の原点。アイドルでも演歌や歌謡曲を歌うのが普通だった時代にポップスを上手く取り入れて軽快感を演出。
岩崎宏美『ロマンス』(1975年)
カラーテレビ普及率が90%に到達したこの年にオリコンチャート1位を獲得。
「これほどの歌唱力を持つアイドルは稀有な存在」
太田裕美『木綿のハンカチーフ』(1975年)
この楽曲は自身制作ではないものの自身で作曲や弾き語りも行うシンガーソングライターの一面を持つ存在。
「遠距離にいる二人の視点を行き来する画期的な歌詞とそれを余すところなく表現するメロディーでパーフェクト」
スポンサーリンクキャンディーズ『年下の男の子』(1975年)
センター、メンバーカラーといったアイドル界のセオリーを生み出した元祖3人組アイドル。
「歌詞だけではなく歌い方からも年上の女性を感じる」
キャンディーズ『春一番』(1976年)
「メロディーがトップから降りていくラインがカッコいい」
ピンク・レディー『ペッパー警部』(1976年)
オーディション番組「スター誕生!」に合格した2人で結成されこの楽曲でデビュー。5作連続ミリオンヒットを記録するなど社会現象化。
「作曲・都倉俊一と作詞・阿久悠がやった事も恐ろしさ」
「都倉俊一の楽曲と阿久悠による大胆な世界観の融合」
「都倉俊一さんと阿久悠さんのタッグはもはやジャンル」
「ユニゾンもハモりも気持ち良すぎる」
ピンク・レディー『UFO』(1977年)
「ピンク・レディーの曲はイントロがずば抜けてキャッチー。コミカルでワクワクするという”アイドル楽曲”の雰囲気を決定づけた」
「地球の男にあきたところよ という歌詞が男がつまらない事をかわいくユーモアで伝えてるのが大好き」
キャンディーズ『暑中お見舞い申し上げます』(1977年)
「難度が高くて秀逸な3人のコーラスワークがすごい」
キャンディーズ『やさしい悪魔』(1977年)
「いわゆるフォークの感じに寄り過ぎず3人が歌う事でおしゃれなアイドルソングに」
スポンサーリンクピンク・レディー『サウスポー』(1978年)
音楽番組「ザ・ベストテン」が放送開始した年。
「楽曲も振付も全く意味が分からない世界観で毎回ショートムービーを観せられている感じ。ふざけているのかと思いきや真剣にやっているという。ピンク・レディーの楽曲はトンチキソングの元祖だと思います」
榊原郁恵『夏のお嬢さん』(1978年)
ホリプロタレントスカウトキャラバン第1回のグランプリ。7thシングルのこの楽曲が自身最大のヒットに。
山口百恵『プレイバック Part2』(1978年)
デビュー5年目で新境地を開拓。
「低音ボイスで笑わない。それまでの女性像やアイドル像を変えた」
「昭和の女の悲しさを見事に曲にしたのが阿木さんと宇崎さん」
「ちょっと影がある部分を上手く表現した曲」
岩崎宏美『シンデレラ・ハネムーン』(1978年)
「低音から高音までムリなく歌い上げる優れた発声」
スポンサーリンク1980年代前半
松田聖子『裸足の季節』(1980年)
デビューから10曲すべてが明るい長調で超王道アイドル路線を確立。
「キラキラしたアイドルというものの極み」
松田聖子『青い珊瑚礁』(1980年)
「サビ前のワンフレーズが”あなたが好き”。アイドルに歌って欲しい事って結局これなのではないか?」
「可憐なビジュアルから放たれる圧倒的な声量、伸びやかな歌声。全てを兼ね備えたアイドルの極み」
松田聖子『風立ちぬ』(1981年)
松本隆、大瀧詠一が楽曲提供。
松田聖子『夏の扉』(1981年)
財津和夫が楽曲提供。
「合いの手が入りやすい王道アイドルソング」
石川ひとみ『まちぶせ』(1981年)
オーディション番組「君こそスターだ!」出身でデビュー3年目の大ヒット曲。作詞、作曲は荒井由実が担当。
「少し危うさを感じさせる歌詞も美しいメロディーと相まって印象的に」
松本伊代『センチメンタル・ジャーニー』(1981年)
「アイドルが自分の事を歌うメタソングがすごく革新的」
薬師丸ひろ子『セーラー服と機関銃』(1981年)
「ここから女優が歌うというのが始まる。スクリーンにいた人が歌番組に出て来た時は特異な感じだった」
「主演を演じた役者が主題歌も歌ってヒットする方程式が出来た」
スポンサーリンク薬師丸ひろ子『メイン・テーマ』(1981年)
同じく主演映画「メイン・テーマ」の主題歌。
松田聖子『赤いスイートピー』(1982年)
呉田軽穂の名義で松任谷由実が楽曲提供。
「松任谷さんの曲は個性的でその仮歌が聞こえてきそうなものの全くその面影を見せないのが松田聖子さんの歌の素晴らしさ」
「松田聖子さんの歌声が未完成な恋愛を描いたラブソングの切なさを際立たせます」
作詞の松本隆から「ライバルに曲書いてみない?」と誘われて松田聖子という歌手への好奇心からオファーを受けたという松任谷由実本人の証言。松田聖子本人はレコーディングに立ち会った松任谷由実に対して緊張して何も話せなかったとか。
中森明菜『スローモーション』(1982年)
「山口百恵と同じ道でよりアップデートした楽曲群」
中森明菜『少女A』(1982年)
「少女が大人になる最中のアンビバレントな心境を上手く表現。当時の中森明菜さんが歌う事で完成された曲」
中森明菜『セカンド・ラブ』(1982年)
「歌が上手く、アイドルの音楽性や歌唱力の底上げがされたと思う」
その当時ボイトレを受けていた先生からは「お前は顔では太刀打ちできない。今日子ちゃんや伊代ちゃんみたいな可愛い路線では無理だから」と言われていたそうで「歌で勝負するしかないから覚悟しろよ」と発破をかけられていたという本人からの証言も。
河合奈保子『けんかをやめて』(1982年)
「難しい言葉を使わず詞を分かりやすく伝える。実は簡単なようですごく難しい理想的な歌詞」
スポンサーリンク薬師丸ひろ子『探偵物語』(1983年)
「発した声の表情にまで意識が及んでいないと出来ない」
松田聖子『ガラスの林檎』(1983年)
細野晴臣が楽曲提供。
柏原芳恵『春なのに』(1983年)
ノスタルジックな雰囲気で魅了。中島みゆきが初めて柏原芳恵に提供したこの楽曲が代表作に。
原田知世『時をかける少女』(1983年)
松任谷由実が提供したこの楽曲は初主演映画の主題歌。
「ノンビブラートで歌うスタイルとその出で立ちは数多のアーティストから支持された」
早見優『夏色のナンシー』(1983年)
82年デビュー。ハワイ育ちで英語が堪能なキャラで人気に。
小泉今日子『渚のはいから人魚』(1984年)
「ファッションも音楽もサブカル的なところを突いて行った」
「それまでとは一線を画すような能動的なアイドル」
松田聖子『Rock’n Rouge』(1984年)
松本隆、呉田軽穂(松任谷由実)のコンビで楽曲提供。
薬師丸ひろ子『Woman “Wの悲劇”より』(1984年)
松本隆、呉田軽穂(松任谷由実)のコンビで楽曲提供。
「サビのメロディーと伸びやかで透明な歌声が忘れられない曲」
スポンサーリンク中森明菜『北ウイング』(1984年)
「可愛さや明るさだけではない孤独や影までも魅力に変えてしまうそんな存在だと思います」
中森明菜『十戒』(1984年)
「イライラするわ こんなにはっきりとこの言葉を歌う曲があるんだ!?とびっくりした」
中森明菜『飾りじゃないのよ涙は』(1984年)
「山口百恵の後を誰が引き継いだのか?という事の一つの答えが出たのがこの時期なのではないかと思いました」
中森明菜『サザン・ウインド』(1984年)
玉置浩二が作曲を担当。
1980年代後半
荻野目洋子『ダンシング・ヒーロー (Eat You Up)』(1985年)
「歌謡曲とユーロディスコの文脈が合わさって踊れる歌謡曲が生まれた」
岩崎良美『タッチ』(1985年)
斉藤由貴『卒業』(1985年)
「筒美京平作のデモにチャイムや鳥のさえずりをミックスしたイントロ」
「歌の上手さやアンニュイさを武部さんのアレンジで見事に表現」
おニャン子クラブ『セーラー服を脱がさないで』(1985年)
「素人感が逆にうけたパイオニア的存在」
「グループで歌う事の原型。テレビ画面を変えた発明」
中森明菜『ミ・アモーレ (Meu amor é…)』(1985年)
「明菜さんの作家陣はラテンやフュージョンなどをアイドルポップに取り入れた匂いがする」
スポンサーリンク小泉今日子『なんてったってアイドル』(1985年)
「なんてったってアイドルをアイドルが歌うというのが非常に衝撃的でした」
「音楽的にイギリスっぽいロック、テクノ、クラブの雰囲気が入って来たのはキョンキョンオンリー」
国生さゆり『バレンタイン・キッス』(1986年)
「書きやすいテーマのはずなのにこれを超える曲が生まれていない」
「バレンタインと言えば未だにこの曲のイメージがある事ががすごい。言葉と音のハマり具合が随一」
本田美奈子『1986年のマリリン』(1986年)
「18歳とは思えない大人びた表現力と圧倒的な歌唱力」
中森明菜『DESIRE -情熱-』(1986年)
「アイドルを超えたセルフプロデュース。その集大成」
小泉今日子『木枯らしに抱かれて』(1986年)
「筒美京平、松本隆といった歌謡界の巨匠から高見沢俊彦、久保田利伸など多岐にわたるアーティストから楽曲提供」
荻野目洋子『六本木純情派』(1986年)
バブル突入期の東京を表現。
本田美奈子『Oneway Generation』(1987年)
中森明菜『難破船』(1987年)
作詞・作曲は加藤登紀子が担当。
「日本語で思いを表現する事の真髄を感じる」
小泉今日子『学園天国』(1988年)
「カバー曲なのに自分のものにしてしまってるあたりがすごい」
工藤静香『抱いてくれたらいいのに』(1988年)
「熱いボーカルと自然な転調が独特の浮遊感と緊張感」
工藤静香『FU-JI-TSU』(1988年)
作詞で中島みゆきが初参加した楽曲。
工藤静香『MUGO・ん…色っぽい』(1988年)
スポンサーリンク工藤静香『恋一夜』(1988年)
「こんなにカッコいい曲が世の中にあるんだと衝撃を受けた。二段攻撃のサビの構成に痺れました」
Wink『愛が止まらない』(1988年)
「笑わないアイドルと言われた神秘的な2人」
「ビジュアルの可愛さと佇まいのクールさのギャップにびっくり」
Wink『淋しい熱帯魚』(1989年)
「温度が低い作りで沈んでいく感情が表現された曲」
工藤静香『嵐の素顔』(1989年)
「振付と相まって凄まじいインパクトを放つ曲」
工藤静香『黄砂に吹かれて』(1989年)
「落ち着いたテンポに少しアンニュイでセクシー」
森高千里『17才』(1989年)
「自身がアイドルである事をメタ的に楽しんでいる様子が痛快」
「スタイル抜群、美人、楽器も出来て、踊れて、作詞も出来る。怖い」
スポンサーリンク1990年代前半
工藤静香『くちびるから媚薬』(1990年)
森高千里『雨』(1990年)
「自分の言葉で歌うというところにシフトしたすごく大きな存在」
小泉今日子『あなたに会えてよかった』(1991年)
「不安定なイントロから始まる画期的な名曲」
「優しく芯のある声で作詞もこなす圧倒的才能」
観月ありさ『伝説の少女』(1991年)
工藤静香『めちゃくちゃに泣いてしまいたい』(1992年)
森高千里『私がオバさんになっても』(1992年)
「日常を切り取りつつ、ユニークな言葉選び」
「このメタっぽい表現は=LOVEの絶対アイドル辞めないで、超ときめき♡宣伝部の最上級にかわいいの!など現代にも引き継がれている気がして歴史を感じます」
観月ありさ『TOO SHY SHY BOY!』(1991年)
小室哲哉が楽曲提供。
工藤静香『慟哭』(1993年)
売り上げ90万枚オーバーで自身最大のヒット曲に。
「透明感もあるクセになる歌声でリピートしたくなる」
小泉今日子『優しい雨』(1993年)
「サビの 出会ってしまった二人 は階段を上がるようなメロディーで恋の始まりの不可抗力がとてもドラマティックに響く」
森高千里『渡良瀬橋』(1993年)
「歌詞がもう天才。これは作家には書けない」
森高千里『気分爽快』(1994年)
小泉今日子『月ひとしずく』(1994年)
高橋由美子『友達でいいから』(1994年)
篠原涼子 with t.komuro『恋しさと せつなさと 心強さと』(1994年)
「歌唱技術より声のテクスチャー(質感・響き)が勝っているすごい曲、プロデューサーがアイドルと並んだアイドル史における構造的転換点」
スポンサーリンク1990年代後半
篠原涼子 with t.komuro『もっと もっと…』(1995年)
華原朋美『I BELIEVE』(1995年)
酒井法子『碧いうさぎ』(1995年)
自身主演ドラマ「星の金貨」主題歌として大ヒット。
「楽曲とドラマが世界観を補強し合ったタイアップの理想形」
華原朋美『I’m proud』(1996年)
MAX『TORA TORA TORA』(1996年)
安室奈美恵 with SUPER MONKEY’Sからの派生ユニット。
「沖縄アクターズスクール発というのが地方からアイドルが生まれるという新しいルートを示した」
SPEED『Body & Soul』(1996年)
「歌やダンスのレベルが圧倒的でアイドルという枠を飛び越えた存在」
「若く、歌唱力が高い、そしてほとんど歌わないメンバーもいる。それまでの女性グループのイメージが全て覆された」
SPEED『STEADY』(1996年)
SPEED『Go!Go!Heaven』(1997年)
SPEED『Wake Me Up!』(1997年)
「10代前半ならではのフレッシュさを持ちながらパフォーマンスは本物のアーティストの風格を放っていた」
SPEED『Whte Love』(1997年)
スポンサーリンク広末涼子『MajiでKoiする5秒前』(1997年)
「無敵の透明感」
「カッコよく踊るアイドルが多い時代の可愛いアイドル」
広末涼子『大スキ!』(1997年)
鈴木亜美『love the island』(1998年)
「アイドル的な可愛さとアーティスト性のバランスが絶妙」
鈴木亜美『alone in my room』(1998年)
SPEED『my graduation』(1998年)
「幼くしてデビューした4人が大人になっていく姿から目が離せず、解散までがひとつの物語のようだった」
モーニング娘。『モーニングコーヒー』(1998年)
「成長していく姿そのものをエンターテインメントに変えた」
「選ばれる過程や努力まで含めて応援する文化を広げた存在」
モーニング娘。『サマーナイトタウン』(1998年)
「特に革命的だったのがメンバーが入れ替わりながら続いていくグループという形。卒業や加入を繰り返す事でグループ自体がひとつの物語になっていった」
モーニング娘。『抱いて HOLD ON ME!』(1998年)
モーニング娘。『LOVEマシーン』(1999年)
鈴木亜美『BE TOGETHER』(1999年)
プッチモニ『ちょこっとLOVE』(1999年)
モーニング娘。からの派生ユニット。
「当時はただファンキーで楽しい曲として聴いてたけど、大人になって温かくて愛に溢れた歌詞なんだと気付いた」
スポンサーリンク2000年代
モーニング娘。『恋のダンスサイト』(2000年)
モーニング娘。『ハッピーサマーウェディング』(2000年)
モーニング娘。『恋愛レボリューション21』(2000年)
ミニモニ。『ミニモニ。ジャンケンぴょん!』(2001年)
「全員が身長150cm以下で当時かなり斬新なユニット」
モーニング娘。『ザ☆ピ~ス!』(2001年)
松浦亜弥『♡桃色片想い♡』(2002年)
「松田聖子以来の完璧なアイドル」
「本物のアイドルは誰?と聞かれたら挙げざるを得ません」
「歌声、表情、立ち姿まで全てに隙が無い完璧なアイドル」
「平静を代表する完璧なアイドル」
「歌い方がハロプロ節でめちゃくちゃ可愛い」
「可愛い。歌上手い。リズム感半端ない」
松浦亜弥『Yeah!めっちゃホリディ』(2002年)
「この曲を一人でやり切っている歌唱力。アイドルとしてのポテンシャルが凄すぎます」
Berryz工房(2004年)
ハロプロ発で固定のセンターを設けない個性派。
℃-ute(2007年)
ハロプロ発でパフォーマンス力の高さに定評。
AKB48『会いたかった』(2006年)
スポンサーリンクAKB48『大声ダイヤモンド』(2008年)
シングルの表題曲を歌う選抜メンバーをファン投票で決定する毎年恒例の選抜総選挙は2009年からスタート。
AKB48『ポニーテールとシュシュ』(2010年)
AKB48『ヘビーローテーション』(2010年)
徐々に知名度を高めてこの年にAKB現象と言われる大ヒットを記録。
「今まで雲の上だったアイドルがすごく身近に降りて来た」
「推し文化を決定的に広めた存在」
「劇場を作り、そこに会いに行けるというコンセプト。これは発明」
「人生で初めてアイドルの推しが出来た」
KARA『ミスター』(2010年)
「K-POPの到来でアイドルに必要なダンスが変わって来た」
「AKB48派かK-POP派かで盛り上がっていた」
少女時代『Gee (Japanese ver.)』(2010年)
「日本でK-POPブームを広げた代表的な火付け役」
「ユニゾンとハーモニーの精度、グループとしての統一感も完璧」
ももいろクローバーZ『行くぜっ!怪盗少女』(2010年)
「アンダーグラウンドで評価されてきたのがメジャーシーンに出て来た」
「王道アイドルの逆を行くカウンターカルチャー・アイドル」
「泥臭い活動を経て高難度曲を乗りこなす実力」
AKB48『Everyday、カチューシャ』(2011年)
スポンサーリンクAKB48『フライングゲット』(2011年)
「劇場での毎日ライブ、CD特典投票券、握手会参加券など推し活の礎」
SKE48『パレオはエメラルド』(2011年)
NMB(難波)、SKE(栄)、HKT(博多)と各地の劇場を本拠地とする姉妹グループも続々と誕生。
NMB48『絶滅黒髪少女』(2011年)
「ご当地の名前を冠にチームを作ったのは大革命」
きゃりーぱみゅぱみゅ『PONPONPON』(2011年)
令和に活躍するKAWAII LAB.の先駆者的存在。
「原宿のカワイイカルチャーを世界的に広めるきっかけ」
「盛ることを自信に変える魔法としてポップに肯定」
でんぱ組.inc(2011年)
オタクのメンバーを中心に結成。
乃木坂46『ぐるぐるカーテン』(2012年)
秋元康プロデュースでAKB48公式ライバルとして2011年に結成。
「昭和と現代が美しく掛け合わさった新たなアイドル」
ももいろクローバーZ『サラバ、愛しき悲しみたちよ』(2012年)
作曲は布袋寅泰が担当。
この時代のアイドルには珍しい様々なアーティストからの楽曲提供。
私立恵比寿中学(2012年)
ももクロの妹グループ。
スポンサーリンクAKB48『恋するフォーチュンクッキー』(2013年)
「大人も子どもも楽しめる最大公約数的ダンスミュージック」
ももいろクローバーZ『鋼の意志』(2013年)
高見沢俊彦が楽曲提供。
BABYMETAL(2013年)
アイドル×本格ヘヴィメタルの異色組み合わせ。
Juice=Juice(2013年)
ハロプロ発で高い歌唱力を誇る実力派グループ。
ももいろクローバーZ『泣いてもいいんだよ』(2014年)
中島みゆきが楽曲提供。
ももいろクローバーZ『仏桑花』(2016年)
さだまさしが楽曲提供。
欅坂46(2016年)
秋元康プロデュースグループの坂道シリーズ第2弾として誕生。
日向坂46(2019年)
秋元康プロデュース。欅坂46から派生して誕生。
スポンサーリンク2020年以降
NiziU『Make you happy』(2020年)
「オーディション番組の火付け役」
「オーディションや育成などの過程をエンタメ化した功績」
FRUITS ZIPPER『わたしの一番かわいいところ』(2024年)
KAWAII LAB.初のグループとして誕生。
「まさに令和のアイドルの代表」
CUTIE STREET『かわいいだけじゃだめですか?』(2024年)
=LOVE『絶対アイドル辞めないで』(2024年)
元AKB48の指原莉乃プロデュースのアイドル。
超ときめき♡宣伝部『最上級にかわいいの!』(2024年)
ももクロの妹分として2016年にデビュー。
CANDY TUNE『倍倍FIGHT!』(2025年)
以上、エイトジャムよりプロが選ぶ昭和・平成・令和の女性アイドル50年史でした。